熊本のご実家へ連休中行かれた方のお話を聞きました。貴重なお話ですので忘れないうちにレポートします。
 飛行機から熊本を見おろしたとき、その変わり様に胸を衝かれたそうです。ひとつひとつは判別できないものの多くのブルーシートが見えました。
 白川の清流は、泥の流れになってました。堤防はところどころひび割れてました。道路も陥没してます。それに阿蘇は火山活動が活発になり、何メートルか低くなったそうです。

〇お風呂の水が全部飛び出す
 ご実家では入浴中に地震(前震)に遭いました。お風呂の水が天井まではね上がり、湯船の水はなくなったそうです。 天井はびしょぬれ。断水になる前にと、すぐ湯船をいっぱいにしたそうです。ところが本震がきて、蓋も意味なく、水が全部飛び出しました。そのお宅は床をバリアフリーにしていたので、廊下まで水浸しに。
 別なお宅で入浴中に地震に遭った子供たちは、今も怖くてお風呂に入れないそうです。入ってもすぐ出てくると。
 私は日頃、断水に備えてお風呂の水は抜かないようにしているのですが、無駄ではと言うと、 その方はいや、地震が来た「後で」すぐに水を入れた方がいいと繰り返されました。生活水は確保したほうがいいのです。
〇生活水について 
 やはり、水の復旧が一番遅いです。原因には水道管の破裂したところが特定しにくいこともあるようです。 また、復旧しても高台のお宅は水圧の関係で、水の出るのは更に遅くなったそうです。
 とにかく、生活水を毎日ポリタンクで運ぶのが大変だったというのが一番の困りごとでした。(確かに1リットルボトル1本でも水は重い…。)
 年配の御夫婦のお宅はそんなに水は使いませんが、それでも大きいポリタンク2つ。1日に2回くみに行く必要がありました。 
 手を洗うこともままならず、アルコール、ウェットティッシュ類は売切れ、衛生面も悪くなり感染病の心配が。
 近所に貯水槽あったので汲みに行ったそうです。その水は煮沸しないと飲めません。トイレ用です。
 高台から平地に降りて、反対側の高台を登ってそこの給水所へ。満杯のポリタンクを持って、来た道を戻るという方もいたそうです。
 連休中は沢山のボランティアの方が集まってくれましたが、配置はうまくいってません。水を運んでくれるボランティアもあったらいいのにと思ったそうです。 
〇支援の格差
 食糧支援は報道の通り、地域によって格差があったそうです。益城町に一番集まったそうです。余った分を困っているところ(おにぎりが2人で1つのところもあった)へ持って行って欲しいと自衛隊の方に頼んだそうですが、「この地域と決められた物は他に運べない」と断られたそうです。結局、自治会の方が個人的に運んだそうです。
 ところで、自衛隊の方は東日本大震災のときは休めなくて大変だったと思いますが、熊本の場合は近くに駐屯地がいくつかあり、すぐに戻れて休め、交代して活動できたのではと聞き、少し安心しました。
 情報の格差もあります。多くの年配の方はスマホはもっていても情報検索の習慣はありません。情報はたまたま会ったご近所さんに教えてもらう。関東に住むお孫さんから給水場所などの情報を知らせてもらうなんてことも。
〇キャスター(車輪付き家具)の効用
 地震でテレビが跳ねると聞いたことがあります。熊本も壊れたテレビがたくさん外に捨ててありました。ところがキャスター付きの台の上のテレビは揺れが吸収され無事だったそうです。キャスターはすごいですね。こんなお宅もありました。キャスター付きワゴンが地震で左右に大きく動き、止めるに止められなかったのですが、揺れが収まって見るとのっていたガラスのコップが全部無事でした。
〇動物
 飼いネコはしばらく、こたつから出なくなり、エサも受け付けなかったそうです。久しぶりに会ったネコは痩せてたそうです。今もネコは不安なのかこたつに入るそうです。

 地震はおわりません。一日中揺れてる感覚です。昼間も揺れていますが、夜、ふとんに入ると特に感じます。最初の地震は夜でした。揺れで、目が覚めます。その度にこの揺れは逃げなくていいかと考えます。一度覚めるとすぐには眠れません。眠るには眠っているそうですが、疲れはとれないでしょう。そんな日が続いてるそうです。川内原発も不安です。停止して欲しい。でも、日々の生活の方で精一杯です。

 先日、職場で熊本支援で購入した人参を分けて頂きました。段ボール一杯のきれいな形の人参はすべてにタテに深くひびが入ってました。そのひびに添って包丁を入れたら、包丁の切れ目とひびは見分けはつかなくなりました。薄切りにしてサラダにしました。美味しかったです。今年の熊本のスイカも出来がいいと聞きました。