不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

雑感

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

日本のために頑張る…その日本はどこにある?

スイッチインタビュー早霧せいな×増田明美の再放送を初めて見ました。
 
 放送後もしばらく頭から抜けません。簡単にまとめてみたいと思いました。

 早霧さんのお話も興味深いのですがここでは増田さんのお話に絞ります。早霧さんが相手だから引き出せたお話ではと思います。

 増田さんは現役当時の話をしてくださいました。

 ご存知の方も多いと思いますが、増田さんは突出した長距離ランナーでした。

 連日のようにマスコミでマラソン金メダル候補と報道されました。ライバルに勝ち、オリンピック初出場しましたが、途中でコースを外れ、完走できませんでした。コンディション調整に失敗し、最悪の状態だったそうです。

 マスコミは手のひらを返し、当時マラソンへの興味が薄い私も「勝手に」がっかりしました。

 そして帰国した時、空港で、

 知らない男性に「非国民」とはっきり言われたのが今も耳に残っていると。

 人に会うのがコワくなり閉じこもりました。

 その後、市民マラソンに参加しましたが、また、途中で走れなくなりました。棄権しようとしたら、気づいたそばを走っていた、市民ランナーが次々と励ましてくれ、その6人に守られながら、一緒にゴールしました。増田さんはそこで完走の喜びを感じました。

 対談でご本人は「私は本番に弱い」とさらっと言われました。

 現役当時の話…
 生理があるのは「練習が足りない」というコーチがいました。マラソンは痩せている方がいいと思い込み、合宿中の食事で、ライバルのご飯をわざと大盛によそい、太ってくれと願いました。自身は練習で十分カロリーを消費しているのに更にダイエットをしました。それは成長期の骨の発達を阻害してしまいました。自分に疲労骨折が多いのはその影響かと…思うと言われました。

 今なら非科学的と切って捨てられますが…選手も情報をもっていない。増田さんの現役時代に愛読したのは宮本武蔵…もっと、鍛錬すべきと読んで思ったとか。まるで修行者のようです。

 そう言えば…
 フィギアスケートの浅田真央選手、現役最後に担当した佐藤コーチは練習をしすぎるので止めても、不安がってやめないと。やめさせるのが大変だったようです。

 だから…もしかしたら、現在も何かおかしなことをやらかしているのでは…精神論をふりかざす指導者がいたら不安…。

 増田さんは引退後、スポーツジャーナリストに。そこで私は増田さんの声を初めて聞きました。なんて可愛くていい声…現役時代の印象と全然違います。

 増田さんの解説については、深夜放映時代の有吉とマツコのトーク番組の何でもベスト3とかいうコーナーでとりあげ知りました。取材した増田さんしか知りえないあたたかみのある情報を加えた解説が秀逸だと。

 オリンピックへの私の関心は
 運営側の体質を知って、だいぶなくなりました。それを言ったら友達に「でも選手は頑張っている」と反論?され…それを持ち出すのはズルいと私にしてはちゃんと言えました。まあ、「論点をずらさないで」と言えばもっと良かったのですが(笑)出てこない( ノД`)シクシク…

 選手への過度な期待は不快ですし、若い選手が日本のためというのも違和感があります。

 そんなふうに思うようになったのは。

 東京オリンピック
 マラソンの円谷選手、トップはアベベ選手で大差でゴール。二番手は円谷選手…ところが大観衆に注視される、ゴール直前のトラックで、イギリスの選手に抜かされ、2位から3位へ。…次のオリンピックをめざしましたが、体調不良等思うように記録がだせず、「期待に応えきれず」27歳で自殺しました。

 メキシコオリンピック
 東京で金メダルをとった女子バレエボールチーム、次のメキシコでは銀メダル…「こんなの欲しくなかった」と表彰台で泣いた写真が報道されました。
 その後に女性週刊誌が、ある主力選手の着物姿の「見合い写真」をのせて、関係者の「大女は嫁の貰い手がない」という談話も…。日本、世間はそんな記事を平気で書く。自分に直接関係ない人には本当に心無いことをすると不快になりました。

 「国のために頑張る」


 札幌オリンピック
   スキージャンプの笠谷選手…70メートル級で金メダル、しかも表彰台は日本で独占しました。
  次の90メートル級の滑走台、スターティング時に、少年の「期待してるぞー」という音声がはっきり聞こえました…無邪気…でも「いやだな」と思いました。選手自身はそうは思わないかもしれませんが…

 選手が日本を背負う必要はまったくありません。
 選手が頑張ったのであって、周囲は応援して楽しませてもらっているだけです。
 ただ、最近、よく聞く「感動をありがとう」もなぜか好きではありません。

 世界一速い男…陸上短距離走のボルト選手…
 日本代表選手との対談で、…自分のために頑張った延長線上に国のためになるならいいが、国のために頑張るのには否定的でした。ボルト選手だからこその言葉に説得力がありました。

 フィギアスケートの羽生結弦選手…
 個人商店で買い物をしたとき、「日本のために頑張ります」と言うと商店の壮年がそんなこと言わなくていい、「自分のために頑張って」と言った映像を見たときは「いいな」と思いました。

 また、2015年女子サッカーワールドカップで2位になった彼女たちのさわやかさは優勝したときよりも心に残りました。

 日本も変わったかなと…。

 でも、最近、テレビのスポットCMで若い選手の日本のためにという趣旨の言葉に違和感が。演出だとしても…

 アスリートは純粋培養されてる可能性がありますが、今ならネットがあるからいろんな異論に接することができるから、昔よりましでしょうか。

 でも、それらのCM…気になります。おっ「戦時中」に戻るのかな?

 JOCの森喜朗氏の談話…コロナ禍の当初に「マスクをしない」で頑張ると言ったときは…明らかに精神論です。それに反対しにくいJOC…こういう人を重責につかせる「日本」はコワいと思います。

 異論を公言したのは元柔道選手の山口香さんでした。それは選手側の立場にたった思いやりにあふれたものでした。

 言うべきではないと他の元選手の役員がたしなめる記事もすぐに…
 でも、その方はオリンピック日程延長の会議の場にくる必要が無いといわれたそうです。大変有名な方なので名前だけ利用されてるようにみえ…。山口さんをたしなめたのはポジュショントークかもしれません。

 山口さんは以前、女子柔道のセクハラが明るみに出たときも立場の弱い選手に考慮した冷静な発言をしました。マラソンの有森裕子さんも精神論に走りません。このような方の言うことが「表ざた」になるのはうれしいです。でも知ったのはネットです。

 ところで、テレビの論調がおかしいと感じるようになったのは東日本大震災のころからでした。
 私はテレビっ子だったのに…今は見ない日もあります。今のテレビが壊れたらもうテレビを買うのはやめようかとも思います。

 増田明美さんのこのインタビュー、こんなときに…光るのはこういう番組です。

 余談…私…小さい頃から…こんなことを思っていたんだなと(;^_^A
  …子供だからって侮ってはいけません(笑)

 
 


私と一緒に勉強したい方は

不登校を「まともに」を聞いて

ある討論会に参加した。

通常は接点のない職種の方たちの話を聞ける貴重な機会だ。
オンラインで実施され、小グループに分かれ
各自、簡単な自己紹介をして始まる。

私は不登校の子の家庭教師と自己紹介。

よって、
不登校の話題も振っていただくが…

(ここからは、批判ではありません。念のためお断りします)

不登校児童を「まともになる」「まともにするには」と
「まとも」のやりとりが他のふた方の間で始まり、
私にも
「まともにするにはどうしてますか」とふられて、
私は、子供を「まともにする気はありません」と応え…
命に関わるつらさを不登校の自殺願望など触れたが…

その後も、ふた方の「まともにする」談議が続き、
(私の教え子と違って)自分のところへは「末期症状」の人がくると…
義務教育がない国からの移住者に学校へ行くようにする対応に苦心…という話題へうつった。
大変な現場を熟知をされてる方だと察するものの…。

終了後、どっと疲れ、寝込んだ(苦笑)私の弱いこと(笑)

後日、海外在住の友達にその話をしてるうちに、
気づいた…
「不登校の子はまともです。」
これだけでよかったのかも。

厳密に言うと私も「まともじゃない」評価にひきずられている。
ただ、「それの何が悪いのか」という感覚でいると気づいた。
まあ、この論法は学校信仰の中では通じにくいかも。

以前、
生活保護相談の方が
自分は、相談者に他の担当者のように事務的対応ができない。
いずれ壊れるかも…とサラッと言われたのを思い出した。


事務的対応をされると悲しいが、精神的自己防御の一種かもしれない。
まして
当事者がその場にいなければ言葉に気を遣う必要もない。

…まあその場にいた私も当事者だったのだけど…
身内からもまともじゃない扱いをされたことがある。
身内以外の人が不登校に対して使うのをじかに聞いたのは…初めてかも(;^_^A。

ところで、

知り合ったばかりの人に
(不登校の話ではないが、)
悩んでいることを一生懸命話したら、途中で
「わかる、わかる」と軽くあいづちをされ、
話す気自体が失せたことがある。

環境や育ち等が違えば理解できないことがあってもやむを得ない。

理解できないなら「分からない」で、いい。
その代わりに謙虚になる。

「分かろう」とする姿勢だけでいい。

ところで、
不登校を「分かる」のは困難だ。

学校信仰があまりにも強力で、抜け出せない。

当事者、子供自身も受け入れられない。
相談した人に「お子さんをまともにしましょう」と言われたら、
その言葉に消化不良をおこしながら、「そうですね」と言うだろう。

不登校という言葉自体、学校信仰の産物かもしれない。

蓑田雅之先生のHP「おはなしワクチン」に
「不登校ということばがなくなる日をめざして…」とあるが、
そこも見据えてのことかと、やっと思い至った。

最後に
マザー・テレサの言葉に「愛の反対は憎しみではなく、無関心」とある。

討論で話題にしていただいたのは有難いと思う。
無関心が一番コワい






私と一緒に勉強したい方は…

コロナで休業中。

コロナの影響で家庭教師も5月は休業になりました。


コロナにかかった身近な人はいませんが…
友達の夫…大学病院のお医者さんです。
その防護服姿の写真をFacebookにアップしたのを見て
…そうも言ってられない。


テレビは見ると本当に落ち込みます。

特定の職種を選んで叩く。

それで視聴率が上がる…のでしょうか。
マスコミは
反論の場がない弱いものを選んでいます。

一緒になって叩く視聴者は
自分を正義の味方と思う快感を味わう。
いずれは我が身かもしれないのに。

テレビの言うことがそのまま自分の考えになっていませんか。
自戒を込めてそう思います。

収入が途絶えたら
生死につながるという…視点が欠けています。
テレビでは見かけませんが、自殺者も出ているようです。

三月頃、ツイッターでドイツ政府から早々に給付金をもらった日本人、当事者のツイートが。

日本は日本人だけ支給しろと言うのも…労働力を必要とされ日本に移住している人もいます。…人間を助ける視点に立った方が整合性があります。

日本人だけと主張するならば
ブラジル在住の友達の話
夫は年金受給のために、領事館に在留証明書を申請し、年金機構にさらに転送しなくてはならない。それが、毎年だ。手数料を考慮したら支給額はそれほどでもない…それで(夫が)「自分ももらえるのかな」って…言うのも…悪く言えません。
余談ですが、ブラジルも大統領を「泥棒」よばわりしてるそうです。

ところで、
福祉的なものだと急に財源は?と問いますが、
もともと税金の使い方がおかしい。
アメリカから高額な型落ち戦闘機を購入契約をしたとき
なぜ「財源は?」と誰も言わないのでしょう。
マスコミは大きく報道しません。さらっと流しておしまい。

帝政時代のロシアの戯曲 喜劇「検察官」(ゴーゴリー作)に

お上は小さなことを大きく騒ぎ、
大事なことを小さくいう…という台詞があったと思います。

なんか大衆を動かすパターンは時代が変わっても同じ…ですね。

同じ手にのるのは…アホラシイ。

ここでまた余談…
当時、皇帝が「検察官」を鑑賞して、
皇帝をほうふつとされる登場人物を
「私のことじゃないか」と笑った…そうです。
超有名な皇帝です。検索したらすぐ出てくる…かな。

現在はマスコミが取り上げないことも
真偽を確かめるのは留意したいですが
インターネットで簡単に調べられます。

さて、
引きこもり好きな私でも今回のは楽しくありません。

メンタリストのDaigoさんはこの期間は「爪を研げ」と奨めます。

それで
高校数学の勉強を始めました。
幸い親切な数学解説サイトが見つかりました。

ノートに公式を書き、解く…
解説を読むとわかるけど…(笑)…只今、勉強中です。

不思議ですね。訳の分からない焦燥感にかられることもあるのですが、

こうすると、消えます。

スキルアップ!

さて、
従姉に久しぶりに電話したら、終活をしたいと。
岡江久美子さんのニュースで思ったそうです。
もし、コロナにかかったら子供に別れも言えない。
ならば今のうちにいろいろ決めたいと。

自分の身は自分で守らなくてはなりません。

今、自宅に籠っているのも自粛に応えているのではなく、
もし、かかったら、
重症になるまで検査を受けられず、手遅れになる可能性が高いからです。
肺をやられて、かなりつらい症状になる。

行政は助けてくれないと思うからです。

さあ、5月です。
政府は、私たちよりはるかに早く情報が入手できるのに…やることが遅すぎる。
私たちは一般人なのに3月初めに東京でミーティングの予定があったのですが、
2月の時点でオンラインに切り替えました。

政府の言う自粛とは…私たちの判断に委ねるという意味です。

つまり、政府に責任は無い…「自己責任」を意味します。
それをぼかして、社会的に立場の低いと思われやすい業種を責める。
マスコミが煽り、尻馬にのる人もいるらしい。

このメカニズムのおかしさに振り回されたくありません。
コロナが終焉しても、また同じパターンは繰り返されるでしょう。

クレームは大事です。
商売でも
苦情の多い客は留意するけど、
苦情を言わない客には「悪いな」と思いながらも後回しにしてしまうのでは。

国なら、苦情を言わない国民を後回しにするのは(残念ながら)当たり前です。
「何も言わなくてもわかってくれる」政治家は基本いないようです。

歴史で市民革命を習いますが、
市民とは
何度、要求が通らなくても、諦めない人たちだそうです。
自分の代で駄目でも、次につながればいい。


コロナが収まったら以前に戻るでしょうか。

いいえ。

今まで不可欠だと思っていたものが実はなくても良かったと気づいたものも多いのでは。
例えば
テレワークによって、会社で仕事をしてるふりをしてただけの人が
淘汰される可能性を示唆した人もいます。



また、子供たちにあいたいなあ。
先日、元教え子から久しぶりにメールが
コロナ許すまじ
もともと外出はしないので、生活は変わらないと。
私の好きな声優の出ている
映画「エヴァンゲリオン」序破Qが公式公開中との情報ももらいました。
すぐに観て、お礼のメールをしました💛



こんな、私のひとりごと誰も読まないかも。
でも、もしいらしたらありがとうございます。










私と一緒に勉強したい方は

謝ってはいけない…ダークトライアングル

とっても不思議でした。
いじめはして楽しいのだろうか。
(保身で加担する人ではなく、中心者)

DV加害者はどうして、やめられないのか。
更生プログラムカウンセラーの記事を
見つけたら気になり読みます。

加害者も
それなりの理由があり、
可哀そうと捉え、
良心の呵責に目覚めるのではと
期待しました

そうとは限らない…らしい。

それよりも、その心理に、合う対処をして繰り返させない。

少年院の元所長、小栗正幸さんの著書に
善悪の思考経路がない少年に
盗みが悪いと教えても通じないので、したらどう損をするか、
…「損得」で説明します。
寂しいですが、その子に通じる手段を使う方が本来の目的、再犯を防げます。


メンタリストのDaigoさんと宮迫さんの対談、YouTubeを見ました。

もともと人のことを何とも思わない性向の人がいると説明され改めて認識しました。

動画ではDaigoさんは自身のいじめ体験を話しました

明るくさらっと…でも結構ハード!

小1から中2までの8年間、友達もいません。
いじめサバイバーです。

トイレの個室に入ると、3人がかりで
閉じ込められ、両側から水をかけられ、びしょぬれに。
(片側からならよけられるのに)

靴のつま先部分に画びょうを仕込まれ、
知らずにつま先をとんとんして履いたら、
親指の爪と肉の間にグサリ。痛いし治りにくい。
(かかとなら皮が厚いから痛くないのに)

いじめを認めると困る人が多い…いじめっ子、先生、教育委員会など。
助かるのは自分だけ。
だから、先生は見て見ぬふり。
当時はツイッターもない。
進級し、先生、クラスが変わってもいじめは続く。

Daigoさんは
自分は無力で、いじめられて当然と耐えてきました。
ところが、
中2のとき、工作室で
とうとう、母親までもバカにされて
手元の刃物を相手に投げつけました。
外れましたが後ろの壁に刺さりました。
殺意が伝わり、それ以来いじめがなくなりました。


わかったのは、
一番やってはいけないのは謝ることでした。

Daigoさんの説明によると

人を傷つけてもなんとも思わない性向があります。

まず、ダークトライアングル 
サイコパス 
 人の感情を踏みにじっても何とも思わない他人の痛みに鈍感。
  共感力が著しく低い。
マキャベリスト 
 他人を自分の目的のために利用しても何とも思わない。
 手段を択ばない。
ナルシスト 
 自分が一番。自己中心的。

加えて…
サディスト 
 他人の痛みが自分の快感になる


これらの人には謝ってはいけない!

謝ると、
「人間的に弱い、自分の餌食になる」と判断され、もっと、傷つけてきます。


 どんな人でも、今はわからなくてもいずれ分かってくれると…思ってました。
 それが、通じないタイプの人もいるようです。私も解せない人がいます。どうして平気なんだろうと不思議でした。この説明にうなづけました。

 その場合は、相手が変わるのを期待できませんが、対処法はあります。その方が自分が傷つかなくてすみます。このブログをまとめている間にたまたま「マニピュレータ」(優しくて理不尽で知らないうちに人をあやつる人)の記事を紹介して頂きました。そのリンクも貼ります。読んでみると私も振り回されそう、対処法も書いてありです。

余談
Daigoさんの話をまとめながら「いじめ」はごまかしの言葉ですね。どうみても犯罪です。

参考映像 この対談を聞きました
参考 マニピュレーターについての記事です。
優しいのに理不尽な厄介者「マニピュレーター」にご注意を。
知らないうちにあやつられてる可能性あり


私と一緒に勉強したい方は

児童文学とナチス退廃「芸術」美術展

退廃「芸術」展を御存知ですか?

以前…
友人と鎌倉の近代美術館に寄りました。
たまたま「芸術の危機ヒトラーの退廃美術」開催中でした。
何の知識もなく閲覧したのですが、
それは、ヒトラーが退廃と決めつけ貶めた芸術作品を集めたものです。
見たことのない作品が多かったのですが、
作者は誰でも知っている、そうそうたるアーティストばかりでした。

それから、20年ぶりにこの言葉に出会いました。

それが、児童文学、カニグズバーグの小説です。

私はカニグズバーグが好きです。
カニグズバーグは小5の国語教科書にものりました。
「流星の夜」…読んだ方も多いのではないでしょうか。
おばあちゃんと少年(孫)のやりとりが辛辣でおもしろかった記憶があります。

ムーンレディの記憶
E.L. カニグズバーグ
岩波書店
2008-10-17



さて、ここでとりあげるのは「ムーンレディの記憶」です。
孤独なふたりの少年が出会い、
そこに、謎のおばあちゃんゼンダーさんが加わり…

見覚えのあるパターン。

ところが…

読み進めていくと…

少年の一人の名付け親、ピーターが登場。
そのピーターはアートセンターの館長で
退廃「芸術」展を開催する…えっ!

結構、重い内容ですね。ところが、カニグズバーグの手にかかると読みやすい。

退廃芸術とは…

本書によれば
1937年の夏、ヒトラーは宣伝大臣ゲッペルスに第三帝国(つまりヒトラー)が認めない近代美術品のすべてを押収する(強奪する)権限を与え、1万6千点以上の作品を押収した。ミュンヘンの古い倉庫で退廃「芸術」展と題して展示し貶めた。それはドイツ人に近代美術がいかに有害かを教えることを目的としていた。ナチス高官が隠匿したり、消防訓練として、消防署の庭で焼かれた作品もあります。

戦後…これは物語の伏線にあたります。

ピーターはかつてサンフランシスコで退廃芸術と呼ばれるコレクションを見に行って興味をもちます。

以下「  」内は、本書からの引用です。

「退廃『芸術』展の最初のスポンサーは、」以下のような「疑問を問い続けたいと考え」ます。

「政府が芸術作品を強奪する権利があるのか?
国民に好き嫌いを押しつける権利があるのか?
なぜこのようなことが起こっただろう?
また起こる可能性はあるのだろうか?
好みは政府が決めることなのか?」

そこで「大都市の美術館を気軽におとずれることができない人にも」鑑賞してもらえるようなシステムをとりました。

ピーターもそのシステムに申し込み、彼のアートセンターで退廃芸術展が実現します。
 

「退廃とは degenerate  本来は『劣化・変質』という意味の医学用語です。神経の不調により『正常』でない状態を指すのに用います。」

ナチスの理論は
「ナチスは<退廃>とは正常からかけ離れたものー堕落したものーと定義づけ、そうしたものは同じ人間と認められない、としました。」

「ナチスは勇んで退廃者リストを作り、」
「身体障害者、精神障害者、ユダヤ人、同性愛者、ジプシー、エホバの証人、共産党員などはすべて生まれながらに退廃している」

   ユダヤ人の虐殺は映画化も繰り返され、よく知られています。しかし、他の対象者についてはほとんど知りません。
  
 私の場合
 身体障害者、精神障害者については… 
 ドキュメンタリーがNHKで放映されました。戦後70年を経た頃のもので、ごく最近ですね。
 驚いたのはユダヤ人虐殺の装置、ガス室は 元は身体障害者、精神障害者のために医者が開発したことでした。当時、地方の病院に、多くの患者が次々と送り込まれてくる、ところが、退院していく人がいない。地元の人も不可解さは感じていたと。…行方不明になった、おば(障害者)の消息を探す女性も描かれていました。てんかん等 当時治る見込みのない病の人も対象になったと。家族も疑いをもちながらも恐れて触れずにきた…。

 ジプシーについては…
 ジプシーに加わった少年の手記「ジプシー」(早川文庫、1977年版)で知っていました。でもそれ以来は無し。本書でやっと再確認しました。そして、他の排除の対象者については全く知りませんでした。

話を広げすぎました。

本書に戻ります。

「退廃した者たちが作り出すものはすべて退廃している」

近代美術について「政府がこれらを野放しにしておけば」「すべてのドイツ文化は退廃するだろう」「深刻な脅威となる」よって「排除されなければならない」とナチスは実行したわけです。

要は自分と異質なものを排除するということ。
ナチスが特別ではなく、人間にはどうもこういう術中にはまってしまう習性があるように思えます。


ピーターはアート・センターの退廃芸術展の開催にあたり、パンフレットをつくります。
そこに
「ナチスが没収と<退廃>という言葉を悪用することによって反近代芸術運動を始めた」と記します。さらに退廃とみなされた芸術家の名を挙げその理由を解説します。

この辺りの記述もわかりやすいです。

ちなみに本書であげられた芸術家は

アンリ・マティス、
ピエール・オーギュスト・ルノワール、
パプロ・ピカソ、
フィンセント・ファン・ゴッホ、
マルク・シャガール、
ジョルジュ・ブラック

近代美術史に欠くことのできない人ばかりです。

さて、
そこに、ぶっとんでいるおばあちゃん、ゼンダーさんの過去がリンクしてきます。

歴史の大きな流れ、過去と現在に行き来し……

ミステリみたいなテイストもあります。

少年たちとゼンダーさんとの会話も楽しいです。


児童文学を侮ることなかれ…こういう形で歴史を読めるのはいいですね。

カニグズバーグの作品はほとんど読んだつもりだったのですが…
読んでない作品がまだあるかもしれない…と思った次第です。

これはカニグズバーグが80歳に手が届く頃の執筆だったそうです。
エネルギッシュ!







私と一緒に勉強したい方は

不登校…世間体に負けないで

私が、
大学受験資格検定(現 高認定試験)に合格とわかった時、

母が

「これで中卒でなくなった」とつぶやくように私に言いました。

ああ、やっぱり、そう思っていたんだ…

私はそんなことのために頑張ったのではないと。
でも、沈黙しました。

母はよく言いました。
「私は子供に特別なことを望んでいない、世間並みでいてほしいだけなのに」
   
家族にも不登校への味方は「私も含めて」いません。

でも、「世間」という言葉は嫌いでした。今も

「世間」とは何?どこにあるのか。見えません。

   何で見えないものにこんなにも振り回されるのか?

「世間」は私を幸せにしてくれるのか?

 そして、私が学校に復帰したら
      「良かったですね」と…ご近所さんに言われ
             
     …それだけで態度が変わった…ように感じました。
    

    …「世間はその程度のものなんだよ。」

         くだらないと、兄に言われました。
         その兄も後年 世間体を振り回すように(苦笑)
さて、今、
不登校児童の多さが表面化し、以前よりは世間的に認知されたされたようですが…

私の感触では
不登校への認識はまだゼロに近い。

私が感心する塾の先生がいます。
思いやりがあり、褒め上手です。
たまに不登校のオファーがきます。
その先生に「不登校の子は親が変わってますよね」と言われたことがありました。
やんわり否定しましたが…。


教えるのに熱心な若い先生がいます。
不登校の小冊子を
「興味なかったら他の人にあげて下さいね」と
遠慮がちに渡しました。
「いや、読みます」と快く受け取ってくれました。
ただ、会話がかみ合いません。

理由は
不登校児童には何らかの問題があるはずだとの前提がその先生にあったからでした。

この先入観は一般的なことなんですね。
不登校の子は特別な変わった存在…
意地悪な言い方をすると…
そう片づけた方がラクなんでしょう。

不登校に限らず
世間は理解できないことがあると「特別」に分類し、思考停止します。

当事者も
不登校のサロンで、あるお母さんに
「不登校の子とそうでない子の違いは何ですか?」と問われたことがあります。
私の教え子には両方います…その子たちの顔を思い浮かべて
ちょっと考えましたが、

どの子も悩みを抱えて生きている…
「ありません」と答えました。
自分の子は特別ではないかと思う…そのお母さんを責められません。
私もそうでしたから。


「世間とは何だろう?」
「不登校は少数派で、それは本当に不幸なことなんだろうか?」
「ほかと同じになることが幸福なのか?」

私はそんな疑問をもつお母さんたちが好きです。

世間に負けないために…
納得できる不登校のコミニティをみつける。
どこのコミニティがいいか相性もあるので軽々に言えませんが、
とりあえず東京シューレのような見識のあるコミニティがいいと思います。
そこから近所のコミニティを教えてもらうなど手があります。

くりかえします。
「世間」に負けないために、「孤立しない」…ですね。


私と一緒に勉強したい方は

教科書を鵜呑みにするのはイヤだ

教え子とのある日の出来事

数学の教科書の解き方を拒否されて
勉強自体いやなのかなとちょっと心配したのだが、
じゃあ私が解くのを見ててと計算し始めたら、
自分のやり方で解きたいと計算を始めた。

確かに、教科書の解き方は簡単に答えをだせる。
でも、自分で考えるのはとてもいいことだ。

自ら考えようとしてくれるのは嬉しい。


また、そこには
規定のものに盲従したくない自我も見えた。
長いものに巻かれたくない…いいなあ…そういうの好きだ。

そのうえで、やはり規定の方法がいいと実感して
納得したらその方が身に付くだろう。
自分で判断することが大切。

結局
いろんなアプローチを試みて、自分なりのやり方を貫いた。
これは新しい方法だと自慢。

そーかなぁ、さすがに進化じゃなくて退化だと言ったが
こういうことをする子は好きなんだよねと。
自分で考えるのはいいことだと伝えた。

そこで、
こんな内容をツイッターで見たとメモを見せた。
(実は大分前に教え子に見せたくてメモしたもの)
  割り算を習う前の子が、
    40÷8は?
      子ども 5+5=10
           4+4=8  答え5

どういうつながりなのかな、割り算を知らないですごいねと。
自分なりに考えた答えは価値があるよねと。

答え合わせは
こういう解き方もあるよと教科書の方法もノートの余白に書き入れ説明しつつマル付けをした。
もし、使いたくなったら参考になるようにと、とりあえずのエクスキューズ。
教え子がそれを使うかどうかは自由だ。
もちろん、教え子の出した答えもプロセスは違うが…多分学校じゃ通用しない…答えは正解だから〇。


宿題は同様の設問を
解き方は好きにしていいよと出した。

自分で工夫したいという気持ちは大切だ。
簡単に大人に従うことは無い。
黙って従うことの方がラクだけど
あえて難しいことを選んだのだから尊重したい。

教え子は楽しそうだった。




私と一緒に勉強したい方は

反日の中,中国人による日本文化紹介誌を創刊

 ここしばらく近隣の国への政治家の言動に不安を感じます。
 そこでこの記事を改めて投稿します。

 中国は反日の人が増えても、

   必ず「そうだろうか」と疑問を呈する人たちが出てきます。
 
 私たちも情報に流されずそうありたいと思える内容です。
 
 
 中国に「知日」という日本文化を紹介する月刊誌があるそうです。

 中国の若者に読まれており、毎号5万から10万部、最大で12万部売り上げるそうです。


 創刊は2011年1月。その時期が興味深いです。

 創刊の4か月前、尖閣諸島沖で中国漁船が日本の海上保安庁の巡回船と衝突する事件があり、日中関係がかなり緊張した時期です。

 発刊を決めたのは、その衝突事件の最中、

 出版記念会は、反日デモのもっとも激しかった場所の近くで開催。

その時期にした理由は…

 反日行動が激しくなるとそれを疑問視する人が必ず出てくる。

 日本を非難する中国人さえも日本の情報を求める。

編集スタッフはすべて中国人。日本政府や企業の支援は一切受けてません。

ターゲットは18歳~35歳

コンセプト 
    日本について自分のことのように知り尽くす。
           
           「知日」は縦に合わせると「智」になる。

    日本人も気付かない文化の魅力を発信

    ○読者が個人として活用できる情報。

    ○特集テーマは日本のライフスタイルや文化。

    ○政治や歴史認識などは一切扱わない。

 扱った特集 「漫画」「鉄道」「断捨離」など  
 大好評だった特集 「猫」「日本人の礼儀」など

 編集長は1980年生まれの中国人。日中戦争の激戦地で産まれ、反日教育も受けているのですが、村上春樹の作品を暗唱するほどの大ファン。

反日色の強い時期の中国でこの本を創刊した、その勇気がすごいです。

「日中友好」などのスローガンをこの雑誌は訴えていませんが、

人間が本能的に文化を求めている欲求に応えています。

人間はイデオロギーやナショナリズムにとらわれず文化を求めます。

(「知日」主筆・作家・神戸国際大学教授 毛丹青氏のインタビューより概略)

文化の力を感じます。

以前、美輪明宏さんがどんな政治家よりも一人の歌手の方がはるかに

外交に貢献できるという主旨をおっしゃったのを思いだしました。

友好、友好と声高に言うと嘘っぽくなり不自然になります。

でも、この本のように意図せずともその方向へ行くのがいい。

戦争は外交の失敗です。文化交流をと願わずにいられません。








私と一緒に勉強したい方は

平方根・助詞の分別は必要?

平方根・助詞の分別は必要なの?
再び不要な知識(かもしれない)を学ぶことについて考えます。


勉強は通常の生活には使うと思えない、
実生活と無関係としか思えないことも学びます。

子供たちが「何でこれを勉強しなくちゃいけないか」と思うのは当然でしょう。

「『は・が・も…』助詞を見分けるなんて要らないと思います
「平方根なんて…ふだん見たことない
「因数分解?使うの?

「役に立たないのにやりたくない
「無駄なことを勉強したくない

私も中学生のときはそう思いました。
それでもおもしろいと思ったものは勉強しましたが…。

大人がよく言うのは
「義務教育は基本だから、知らないと将来、相手にされないよ」
「やらないと後で困るのは自分だよ」

私も子供の頃言われたかな。
大人たちがこう言うのもおそらく
自分自身、子供の頃そう言われたからではないでしょうか。


  子供は「今の不満」を言ってるのに、
  大人は「将来の不安」で応じる…なんだかね。
  話がかみ合わない。

大人のこれらの対応は子供をだまらせる効果はあります。

でも中には負けない子供もいます。
「後で困るのは自分で他の人は困らない。だからやらなくていいでしょう

ここまで言うとは、
素晴らしい!アッタマイイ。覚悟ができている…かどうかはワカリマセンが

初めての教え子に
「なんで勉強するの?」言われたのを思い出しました。
そのときは
「あなたが将来何になるか分からないから
いろんな知識を身に付けて自分の引き出しを増やしましょう。」
と言った覚えがあります。


でも、この場合は通用しないですね。
私もそう思うので、さっさと認めます。
「そうだね。役に立たないね」と。
因数分解は思考的には役に立つ事例を聞いて感心したことがあるのですが、
平方根など
ホントに普段の生活で使ったは覚えがありません。

でも、セオリー通りのことを言うのは嫌いです。

  やらないと「テストで困るよ」「将来困る」
  高校入試試験にでるよ。etc
   
  子供たちが求めている納得できる答えはそれではないと思います。


さて、私の反応にあきらめたのか
子供は黙って勉強を再開しましたが、
私はあきらめきれず
教科書の後ろのページをめくって、
「やらなくて済まないかな…ああ…また出てくるね」
子供は勉強の手を止めて「えっ?」
「ほら、終わりの方にまたあるよ」
子供も教科書をめくって「本当だ」

今、流してもいいけど…もし必要になったら、
自分ひとりで調べ学べるよすがになればと勉強を続けました。

後で、実際にどんな場面で使う知識か検索しました。
回答のなかには
「将来困る」「役に立たくても学ぶべきだ」
などもありましたが…

親切な回答もたくさんありました。
役に立った具体的経験です。

その子の興味に沿う内容を選んで
プリントしたものを後日、渡しました。
その中の
ある方の「知識はお金になります」の言葉は
ここだけ抜き出すとあまり感じよくないですが、
ご自身の仕事内容を詳しくのべた後の締めでしたので
説得力がありました。

あまりに現実的で子供と一緒に苦笑しました。

子供の求めている答えはこれではないかもしれません。
でもプリントは持ち帰ってくれたのでひとまずホッとしました。

おそらく子供も明快な答えは無いと分かっているかもしれません。

 



私と一緒に勉強したい方は

学習報告書は何のため

毎月末、学習報告書を保護者様にお渡します。

学習報告書の内容は科目ごとの単元と小テストの点数、出した宿題、所感です。
勉強から帰宅したらその日のことを忘れないうちにパソコンに打ち込みます。
所感は思いつくままに書き入れます。
そして、お渡しする日の前日にまとめます。
でも、まだ完成ではありません。
後日、まっさらな気持ちになったときに読み直しさらに推敲します。


報告書を渡す目的は、事実をお知らせするものではあるのですが、
それだけでは、意味がありません。

多くの先生もそうされていると思いますが、
どこかで勇気づけるような内容にしたい。
私の文才でそこまでの力があるかはわかりませんが。
報告書は子どもをジャッジするためのものではありません。

打ち込んだ内容を、一晩、最低でも一時間は間をおいて見直します。
そのとき良いと思っても、時間を置いて気持ちをかえて改めて見直します。
そうすると直したいところが見えます。
 
過去に私には苦い経験があります。
電話でしたが、その電話で失敗しました。
15年ほど前です。私の「可愛い」と思っての一言が、
お母さんにとって全くちがう意味に聞こえてしまったことがありました。
のちの面談でそのお母さんにそう告白されたとき、
私の思慮の足りなさを反省しました。
今でも思い出すと胸が痛みます。

よい思い出もあります。
数年前に、教え子の進学先の学校へ提出する報告書(要望書)を
家庭教師の私にも書いてほしいとの依頼が保護者様からありました。

提出先は教え子に初めて会うことになる先生方ということになります。
私の書いた一言で教え子への印象が変わりかねません。
親御さんが読んでも納得でき、
進学先の先生にも役に立つ内容でないといけません。
「得意」を書くのはラクですが…。
「苦手」も書かないと…また、ただ列挙するだけではダメです。
「苦手」を書いたら、どのように克服したかの経験を必ず付け加える等
何度も書き直しました。

幸い喜んで頂けてほっとしました。

言葉は人を生かしも殺しもします。

これは、常に心におくべき自分への戒めです。

 
 ↑(報告書例です)




私と一緒に勉強したい方は

君にあえてよかった…登校拒否児が不登校児童に逢う

不登校の子どもたちに会うと
忘れていた
子どもの頃を思い出します。


私は、登校拒否児と呼ばれました。
幼稚園からだから登園拒否児でもありました。

家族の反応は…
母には追いかけまわされ、
父は傍観者。
「(学校へ行かなくても)昼寝して嫁に行けばいい」とは母から聞きました。
高校をやめるとき、父は「(ここまで頑張ったのだから)もういいよ。」と言ったそうですが、これも母づたいです。
父と不登校について話した覚えは一切ありません。

3人の姉兄たちは…
10歳上の姉には「よその人に何と説明したらいいの?」と責められました。
9歳上の長兄はほとんどノータッチ。幼い私が学校へ行かず隠れているのをみつけたら言いつけますが。そのうち「しょうがないな」程度になるように。傍観者です。
2歳上の次兄は私が怠けてると苛立ち実力行使。中学生の時「学校へ行け」と廊下を引きずられたこともあります。大学生の講義で「学校へ行くときお腹が痛いのは本当に痛い」習ったと言ってきました。
 

そんな状態が幼稚園から高校中退まで12年くらい続いたわけです。
きつかった。家族一同、親戚一同、誰も味方はいません。

一番つらいのは
登校時間になる度に「私はダメな存在」と自分に刷り込むことです。毎日ですね。
自分はいなければいいと強烈な自殺願望になりました。
家族はもちろん誰にも言いませんでした。
自殺した親戚が生前「本当に自殺したい人は口にしない」と言ったと聞かされたことも効いてました。

母は私を治療院や病院などあちこち連れていきました。
ある医者は「学校へ行こうと思うから悩むんだ。学校へ行くのを諦めなさい」と言いました。
なげやりで冷たい感じを受けました。でも、こういう医者が当たり前の時代でした。

薬にも頼りましたが、こんな事件が起きました。
高校を中退した後、
母がある本で「よい薬」を見つけ
早速、隣駅の病院でその薬を処方してもらいました。
ところが
薬を飲んだその日に、
体がひきつり、即入院。
目を閉じることもできず、自分でトイレへも行けません。
母に生まれて初めて謝られました。
眠られないまま夜が明けたころ、やっと楽になりました。

病院ではいろいろな検査をうけました。
異常はありませんでした。
そこの医師に、別な病院を紹介されました。

県をまたいだほど、遠方の大病院でした。
電車やバスを乗り継ぎ、何時間もかかり、迷い、やっと着きました。
病院ではさらに長時間待たされました。
初めてあった医師は私たちの態度を病気だと言う「自覚がない」と厳しく叱りました。
大病院の常識…薬で待たされ、会計で待たされ、家に帰ったときはくたくた…。
母も私も通う気は失せました。
自覚がないと言われれば医師の言う通りです…。

処方された薬は飲みました。
しかし、私自身、今まで処方された薬が効いて学校へ行った覚えはありません。
だから期待もしません。
ちなみに飲む甲斐があったのは睡眠薬だけです。

薬がだめなら…
カウンセラーはいいかもしれません。
ただし、自分に合うカウンセラーならばの話です。

こんな苦い経験があります。
私が14歳の時、登校拒否児を扱う青少年相談センター関連の中学へ1年間転校しました。
そこでは28歳の女性カウンセラーとの週1回の面談をもたれました。
狭い面談室で二人きりです。気を使ってどうでもいいことをたくさんしゃべりました。

そのセンターは不登校対象ですが、理解のある先生はたった1人。
他の職員は認識が無く、
中には「勉強が嫌いだから学校へ行かないのでしょ」と平気で言う男性教師もいました。
勘の鋭い生徒はその教師をとても嫌ってました。

やがて中2の終わり、元の中学校に戻る時期になりました。
戻る中学へセンターの女性教師とカウンセラーと母の3人で面談に行きました。
そこから帰ってきた母は、カンカンに怒ってました。私がひどいことを言ったと報告されたと。
ホントにしたのかと責められ、身に覚えはありません。
翌日、女性教師に聞きに行くと、簡単に丸め込まれてしまいました。
更に、カウンセラーには「知らない、そんなことあったの?」と逆に聞かれ、ウソをつかれました。
(帰って母に伝えたらカウンセラーの言葉に目をむきましたっけ。)

ところで…
唯一の認識のある先生が付き添った生徒のお母さんは感動してました。
「娘のことを責任もって学校へ説明してくれた」と。
私は運が悪い(泣)

その日は、女性教師やカウンセラーに腹が立つよりも、
体よく丸め込まれ言い返せなかった自分が情けなく、
私はめったに泣かないのですが、帰り道はぽろぽろ泣きながら歩きました。

だから、自分に合うカウンセラーでないといけません。
無理にしゃべらなくていい、
子どもの期が熟するのをまってくれるようなカウンセラー。
みえすいたウソをつかないカウンセラー。

さいわい、
戻った中学校の担任はあたたかい先生でした。
センターの女性教師の話を真に受けず、自分の目で私を評価しました。
戻っても、よく休み、遅刻しました。
しかし、休んだらノートをとってくれる同級生も出てきました。
その先生はそんな場を作ってくれたのかもしれません。
卒業文集に「中3が一番楽しかった」と書きました。


このように
子どもたちと出会っていろいろ思い出しました。
今なら見えることもあります。
思い出すと気持ちがワサワサもしますが、恨みやつらみにまで発展しません。

とりあえず生きてきました。

思い出すのが悪い事ばかりではないです。
そういうきっかけをくれた
子どもたち…

思うのは

自分の幸、不幸を決めるのは誰でもない

自分だということです。

とりあえず生きて下さい。



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長い文章なのに、読んで下さりありがとう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<私と一緒に勉強したい方は

障害を作るのは社会

障害者の施設に行って
想像はしてましたが、
世の中にはたくさん障害者がいるんだと実感しました。

町を歩いていても、障害者にまず会いません。

それがコワいと思います。
もちろんひとりでは外に出られない現実もあるのですが。

裏を返せば、インフラの不備で外に出にくいともいえる。
バリアフリーの充実などハードの面も重要ですが、

ハードのみならず、ソフトも含めて社会が障害者をつくる。
障害者がいるのが当然、サッと手助けできるそんな教育がされていたらと思います。
障害があるなしに関わらず出来ないことは出来る人がフォローするのが当然な社会だったらと…

大分前ですが、
私自身、目の見えない人を手助けをしようとしてもどうやったらよいかわからず、
どぎまぎして失敗したことがあります。
やらなければよかったと後悔して…。気持ちがあっても出来ない人も多いのでは。
そういうことが自然にできる教育をして欲しかったなと…ただ「助けましょう」とスローガンを言うのではなく
具体的にどうすればよいかなど知っていれば随分違います。

障害者同士でも、
施設内で軽度の障害の子が重度の障害の子に追いかけられ、怖がりました。
体格が自分より大きければ仕方ありません。
また、よだれを垂らしている子を見て「汚い」とはっきり言う子もいます。

それを倫理的に否定するのではなく、「そんな子もいるよ。それが社会だよ」と、
受け容れる社会を醸成したいです。

施設内でしたら、触れ合えるので経験を積めますが…

今のように障害者を施設に隔離したら、障害者をさらに「社会的に」増やすことになる。

以前、ツイッターに北欧の街で、日本の四肢が無い方が道端で話しこむ写真がアップされました。
「誰も振り返らないよ」と楽しそうなキャプションがついてました。
ごく当たり前の風景。これが、バリアフリーなんでしょう。

つい、外国はいいなと思ってしまいますが、
その国の人たちが訴え、それらは闘い獲得したものなのでしょう。

黙ってては何も始まらない…ですね。
言わなくてはわかりません。




私と一緒に勉強したい方は

学校へ戻すことだけが目標?

「不登校は学校へ戻すことを目標にすべき」…かな

今でもそうなんだ…。これしか言わないんだ。

数年前、家庭教師派遣で不登校の子供のサポートをうたった会社へ

興味をもち、行ったことがあります。

若い、支店長(と名刺に記載…一見、塾なのに支店長に?…)が応対してくれました。

広々とした明るい事務所には教室のようなコーナーもありました。
この会社は学校の校長先生と連携をとっているとのことでした。

そこへたまたま高校生くらいの男の子が入ってきて
「勉強をしたくない」と他の社員にうったえてました。
社員はごねる子に「校長先生にいいつけるぞ」と強い口調で応じてるのが聞こえました。


すると、支店長は席をはずし、急いでその子を事務所の外へ連れだしました。
しばらくその子と話す様子がガラスの向こうに見えました。

もどってきた支店長に

「学校へ戻すことが目標ですか」と聞くと、

「そうです。子どもたちがそう望んでいますから」と即答しました。

私は首をかしげました。

40年前と変わらない認識です。
この会社は不登校生募集と大きくうたっているのに…浅い…。


どの子供も学校へ戻りたいと言うのは当たり前です。
他に選択肢を知らない…
望んでいなくても「そう言わざるおえない」のです。


でも、行きたいと言いながらも出来ません。
身体がいうことをききません。
その裏にいろんな思いもあります。
辛さ。苦しさ。孤独。疎外感。

「学校へ行かないと将来が不安だ」と
それは「圧倒的正しい」、子どもが抵抗できない言葉です。
子供を追い詰める言葉です。
親も追い詰めます。
その不安に子供自身、毎日苛まれています。
私がそうでした。

一概にこうしようとは言えません。
そこにマニュアルは存在しません。

まず、その子の学校へ行っていない「今」を肯定してあげたいです。

学校へ行かなくていい。


最近、ある不登校の子のお母さんから聞きました。
我が子が学校へ行けなくなった時、
小・中学校へ行かなくても卒業できると誰も教えてくれなかったと。
知らないから、登校行動を無理強いし子どもを傷つけたかもしれないと。

学校は教えてくれない。
「お母さんしっかりして下さい」と、とにかく登校を促す。
もしかしたら、学校の担任の先生も知らない?
自分のクラスに不登校の子どもが出て
促しても登校しないので調べたら…先生自身も初めて知るのでは?と勝手に想像します。

学校へ行かなくても、生きていく道は必ず見つかります。



 私と一緒に勉強したい方は

60年前…「ひきこもり」の不幸

不登校も引きこもりも、そういう言葉さえがなかったころ。
60年以上前の話です。

出社拒否の男の人がいました。

今で言えば「引きこもり」です。

認識の全くない時代でしたので
その人へは「やってはいけないこと」を周囲は沢山しているのですね。
そして、最悪の結果を招きました。

「昔のことだから」と簡単に片付ける気にはなりません。

現在は昔に比べて「引きこもり」が認知されてますが、
それでも「わかる人」たちにアクセスしない限り
同じ過ちをする可能性は大きいと思います。

その男の人は
学生時代は勉強もスポーツもでき、
母親自慢の息子だったそうです。
父親は一流企業の役員です。

有名私立大学を卒業後、父親の会社と同系列の一流企業に入社しました。
すべて順調でした。

ところが、
会社へ出勤するようになると「吐き気がする」と帰ってくるようになり、
とうとう会社を辞めました。

そして…ずっと家にいるようになります。

両親は結婚をすれば立ち直るのではと
男の人は結婚をします。
子供も生まれました。

趣味でカメラをたしなみ、自家用車も与えられお嫁さんが子供の送り迎えに運転しました。
外側からは贅沢な生活をしているように見えました。

でも、自立できません。

引きこもり生活が10年に及びました。
男の人は30才を過ぎました。
子供は6歳に。妻は不安をもらし…。

父親は心臓に持病を抱え、養わねばらない息子を責めました。
「お前を殺して自分も死ぬ」と口癖のようにいいました。
母親はかばいました。

家族はやっと男の人を入院させました。
そして、男の人は病院を抜け出し、命を絶ちました。

たまたま近所の子供がその頃の男の人を見たそうです。
夕刻、その家族の家の前の坂道で遊んでいたら、
白いシャツにズポン姿、素足に下駄をつっかけた男の人が立っていました。
そのときの男の人のうつろな顔が忘れられないと言います。
その子が目の前にいて見上げてるのに気づく様子もなかったそうです。

家族の嘆きようは大きなものでした。
父親は死ぬまで息子の腕時計をし続けてたそうです。


不登校は若ければ若いほど回復力があります。
不登校ならまだ、間に合います。


出社拒否で周囲の認識もなく不幸な結果を招いたこの事件を悼みます。







私と一緒に勉強したい方は

元々あるものに気付こう!

何をやっても続かない。
高校をやめた後、
「何かをしないと」と、いろんな語学に手を出しました。
でも、その国に行きたいとか、その国の小説を原典で読みたいとかいうモチベーションは全くなく、たまたま語学は学校が多いので、手っ取り早く始められるから飛びついただけでした。

結局、長続きしませんでした。
いろんなことをやってはやめの繰り返し。

ところで、
PRプロデューサー 殿村美樹さんの話をテレビで見ました。
そのお話は大切なことを示唆していました。

殿村さんのヒット作として特に有名なのは、
彦根のゆるキャラ「ひこにゃん」。香川の「うどん県」。

地域活性化と「ご当地もの」を作って盛り上がっても、ブームが去ったら
おしまいになることが多いそうです。

ところが、
彼女のプロデュースしたものは彼女らプロのスタッフがいなくなった今も健在です。
なぜでしょうか。
それは、徹底的なその土地のリサーチです。
彼女らスタッフは時間をかけその土地の産物やお店などをまわります。
土地の人が当たり前と思っているもの、元々あるもので魅力的なものを見つけ出します。
そして、それを中心にすえます。
もともとあるものだから彼女らスタッフがいなくなってもずっと続けられます。

もともとあるものを見つけ出す。 
これは教育に関しても相通じるものがあると思いました。

あの頃の私も、恰好をつけて自分を振り返らず手近なものに飛びついていました。

何かはしないと自分が見えてこないから、何もしないよりはましですが。
でも、もっと、自分自身とじっくり対話するような面も必要だったと思います。 
今のこの仕事が長続きしているのはもともと自分の中に学習好きな習性があるからのようです。
もともとあるものに気づくー子供達の中のそれに気づけるような静かな眼も持ちたいです。



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苦手科目好きになったよ

塾の講師をしていた頃の話です。

ゴールデンウィークも過ぎた頃でした。
塾を「卒業」し、高校進学した
子供たちが数人
久しぶりに塾に遊びにきました。

陸上部で中の良い男子グループです。

それぞれ別々の高校へ進学してました。
色んな種類の真新しい制服を皆着ています。
子供たち同士も会うのもたのしそうでした。
職員室で、それぞれの近況の話で盛り上がっていました。
その様子を傍らで私も嬉しく、眺めていました。

すると中の一人の子が

私に
「先生」

話しかけてきました。

「先生のおかげで国語を好きになったよ」

ちょっとびっくりましした。
彼は数学が得意で、国語はそれほどではありませんでした。
他の先生が「彼は数学はできるが、国語は苦手だ…」と言うのを聞いてます。

私はそんな彼の国語を担当しました。
彼の国語の成績はあまり伸びませんでした。

だから、彼の思わぬ言葉にびっくりしました。
「どうして。役に立ってあげられなかたのに…」と。
すると彼は
「だって、先生は僕のことをあきらめなかったじゃない」

この彼の言葉に
何が大切かを改めて教えてもらいました。

この仕事をしていていろんな失敗もあります。
もう少し何かできたのではと落ち込むこともあります。

そしてこの出来事を思い出して自分をはげまします。
彼のこの言葉に仕事の大切な根っこをつくってもらったと思います。







私と一緒に勉強したい方は

出来ることを見つける

随分、前のことですが。

知人に5歳くらいの男の子がいました。
その子は
当時はまだ発音がしっかりしてませんでした。

男の子ならではなのか、女の人が好きで、
男の人にはあまり興味を示しませんでした。

ところがある日
お父さんの友達で学習塾の先生が遊びにきました。
男の先生です。
男の子は絵本をもって嬉々として玄関にとんできました。

後でお母さんにきいたら…、
その先生は以前来た時、
男の子の様子を見て
サ行の発音は苦手だけどカ行の発音ができていると気付きました。
それで、その子にカ行で答えられる質問をたくさんしたそうです。

よほど楽しかったのでしょうね。

得意なことで遊んであげるっていいですね。
その影響もあったのか、男の子は読書好きになりました。


 

私と一緒に勉強したい方は

さかなくんと歴史学者

さかなくんと磯田道史さん(歴史学者)の対談をみました。
(NHKで何回も再放送されました。)

冒頭、磯田氏はさかなくんは自分と同じにおいがすると言います。

二人ともひとつのことに突出したスペシャリストです。
対談の中で、
子供のころから似ていることがわかります。

さかなくんは絵を描くことに夢中でした。
魚介関連に没頭するとっかかりはタコだったそうです。

磯田先生も社会科がとてもできて、
他の成績が芳しくない子供だったと。
しかし、長じて古墳の大きさの関連から数学を勉強し、
古文書を読み解くために古典を学ぶ。
必要になったらちゃんと学ぶものだと述べています。

小学生の頃は石仏の拓本とりに夢中になります。
大して上手な出来の石仏ではないけど、
作られたのが戦乱の時代。
多くの人が死んだのを弔うために
作り続けた人がいる。
そこにシンパシーを感じたそうです。
そんな小学生ですから「おじさん」と呼ばれたそうです。

二人で魚の図解と解説の古文書を夢中になって見る場面が圧巻でした。
かたや魚のエキスパート、かたや歴史のエキスパート。
江戸時代が生き生きとよみがえり、化学反応をみているようでした。
学問の分類、理系と文系という分け方がつまらないものに感じました。

日本で文系理系にまたがる作家は
詩人で科学者の宮沢賢二くらいしか浮かびませんが、
そんな立て分けは日本でしか説得力がないかもしれません。

さかなくんはいじめにあわなかったかとの問いに
多分いじめがあったと思うけど気づかなかったと。
小学生の頃はタコに夢中になりタコの絵ばかり描いてたので
よく「タコ」と呼ばれたと。そう呼ばれても喜んで返事をしてたそうです。

いぜん別な番組でさかなくんは
魚もいじめがあると言ってました。
水槽の大きさに合わないくらい沢山魚をいれるといじめがおきると。

さて、二人が子供の頃、
それぞれのお母さんは学校の先生に同じことを言われました。

これしか出来ない。他もちゃんとしてくださいと。

お母さんの反応は同じでした。

このままでいい。

さかなくんは絵が上手なので絵を習うことを勧められたそうですが、
お母さんは「指導されたらこの子らしい絵ではなくなってしまう」と習わせなかったそうです。



受験のためには
すべての科目を過不足なくできた方が良いのです。
しかし
最終目標は子供の自己実現です。
受験もそのひとつに過ぎません。
そこをはずさないようにしたいですね。

だれもがさかなくんや磯田先生のようになれるとは限らない、特別なひとだとか、
あるいは、こんな成功した人もいるよ、君も頑張れとか、
そんなことを言いたいわけではありません。

大事なのは大人は、目の前の課題をこなすだけに気を取られて
その子の特性をつぶしていないかいうことです。

子供がやりたがらない科目を教えなくてはならないときがあります。
まだ、やりたいことが見つかる前ですから、
何が役に立つかわからないので、やならくていいとも言えません。

そんなとき、
子供が楽しんで学べるにはどうしたらよいかと悩みます。
大人が対応するのですから、どうしても強制の要素は皆無になりえません。
できだけ、その強制の要素を減らしたい。
どんな工夫をしたらよいか悩みつつ、
子供の「好きなことへの萌芽」をみつけるようにしたいです。

子供が少しでも興味を示したら「やらせてあげたい」、そう思わない親はいないとある親御さんに言われました。

子供の好きなことへの萌芽を外さなかったら、この二人のように人生を楽しんでいる大人になってくれるのかな。

追記:磯田先生の作品は、「武士の家計簿」「殿、利息でござる」が映画化されてます。
これからも、独自の研究をしようと思ってたそうですが、熊本の震災で、そんなことやってられない。古文書から過去の震災を調べようと決意されたそうです。観測記録の残る前の記録は災害という長いスパンのことに大きく貢献するのではと思います。熊本出身の方から、400年前にも震災があったと聞きました。早速、磯田先生の古文書を読み解いた内容が広がっているのですね。


 

私と一緒に勉強したい方は

認知症を「多様性」と見る視点を

 NHKの認知症キャンペーン放送の一環で、「認知症になった私が伝えたいこと」の著者・佐藤雅彦氏のドキュメンタリー・ドラマたまたま見て、ひきこまれました。佐藤氏は50代で認知症を発症しました。氏は認知症への偏見を変えるために、実名を公表して講演活動をされてます。そのあと氏の講演を動画で見ました。できることとできないことを例証しありのままの現状をわかりやすく伝える内容でした。そして、認知症にもいろいろあると講演されてました。
 重要に感じたのは、この方のキーワードは多様性を認める社会を作りたいということでした。
 これは不登校の子供達にも発達障害の子供達にも共通します。学校に行かないからといって学校に通わせることが問題の解決だと決めてしまう。発達障害だからといって出来ないことのみを訓練しようとする。しかし、それ以前に先ずそのままの子供の姿を認めることが大事なのではないでしょうか。そのままを認めてもらえれば、どんなに子供は安心することか。できないことばかりにこだわられることは自分を否定されることと同じです。自分の人生を変える気力もでなくなります。先ずはそのままでいいよと、安心させてあげる。安心すれば時間はかかりますが元気になります。
 佐藤氏とカテゴリーは違いますが、そのままの自分を受け容れられる理解を求める点では同じように思えました。
 自分と違うものを受け容れる社会が本当に人を解放するものかもしれません。
  追記:佐藤氏の著書を読みました。上記に挙げた「現状」を淡々ありのままに伝えるよい内容でした
 


 



私と一緒に勉強したい方は

人格を変えてしまう 超エリート職場

以前こんな話を聞きました。
時間も経ちましたので
思うこともありまとめてみました。

人間としておかしくても出世できる職場があります。

反社会的な職場ではありません。

高級官僚です。

そんな親戚がいました。
私とは親子以上に年が違います。
ですから、親族の集まりでは私は子供で全く接触はありません。

その方が官僚の現役バリバリの頃ですが、
正月の集まりで
年長の従兄が「子ども時代のように年上でも『〇〇ちゃん』って呼び合えるけど
彼は、呼びにくくなったね」と笑いながら話しているのが聞こえてきました。
ふと従兄を見たら、ふんぞりかえった感じの人が隣に座ってました。
感じが悪い人だなと思いました。


その方の定年後
何十年ぶりに親族の集まりがありました。
その方から初めて声をかけられ、昔話を楽しそうに聞かされました。
感じが良かったです。

ところが、その数年後です。
法事のことで初めてその方のお宅へ電話をしました。
その方が電話に出ました。
丁寧にあいさつしても返さない、
話しかけても返事をしない、電話の向こうでだまってます。
何とか法事の日程を聞きだしました。
社会経験を積んだはずの大人に、こんな失礼な対応をされたのは初めてでびっくりしました。

電話を切って、ふつふつと腹が立ってきました。
後で、その方の妹の方に話すと「あそこは奥さんじゃないとダメ」と言われました。
その上、お子さんも父親を嫌っていると聞かされました。

その方のお母さんはかつて「ああいう子ではなかった」と嘆いたとも聞きました。
お母さんは本当にやさしく穏やかな人でした。
私もやさしくしていただきました。

さて、
官僚現役時代はどうだったかを聞きました。

若い頃、出向先の役所で「下へも置かぬもてなし」をうけた。
海外へ政治家に同行して戻ると「政治家は馬鹿だ」とよく家族に言っていた。

官僚あるある話で聞いたことはあったのですが、本当だったんだと思いました。

あの電話のような非礼な態度をする人が通用する職場ってどんなところなんだろう。

全員がそうだとは決めつけられませんが、
でも思いやりある人でも、それを保つのはかなりの至難のわざではないかと。
所謂日本を動かす、エリート集団ですからコワイものを感じます。

後日、その方の奥さんが病気になり入院して、「その間だけ」の約束でその方は高級施設に入所しました。
ところが、奥さんは退院し、お子さんが引き取った後もその方は入所したままだそうです。
お子さんはその方が外出して施設にいないと分かっている時間に着替え等を届けに来ると職員の人から聞いたそうです。

家族にさえ嫌われるのは極端な例かもしれません…
それに…お子さんも最期にちゃんと引き取られたそうです。

官僚という職業現場では人間らしさを保つのは大変なことかもしれません。











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