不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

発想の転換

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

「私たちは必死にがまんしないできた」清水眞砂子著書より

 出会いは楽しいですね。
 この場合は本との出会いです。

 教育に興味のある人の集まりの後の雑談で本の話、あの作家ならお勧めは〇〇、この作家なら△△…とかそんな話で盛り上がりました。その帰りがけ私がふとカバンに入れてたカニグズバーグの講演集を出して、この作家が「大好きなんですよ」と見せたら、「その翻訳者の随筆がいいですよ」と…意外なお返事が。小説、物語の翻訳ならとてつもなく読み込んで訳されている方のはず。カニグズバーグの翻訳者ならば…面白いかもしれない…と思いました。

 早速、随筆を二冊読みました。海外、日本を問わずいろんな作家さんをとりあげてありそこからまた興味がわくものが見つかりそうと、新たな作家さんの名前をメモし、読んでいたら、自分が最近凄いと思った「A3」の著者、森達也さんのことを誉めていました。

  嗜好が自分に合う…と思いつつ、三冊目を読み始めました。






 随筆集です。

 教師時代の経験など、若かりし頃の話も読みごたえがありましたが、中でも「私たちは必死にがまんしないできた」の章には心を射抜かれました。

 映画「鉄道員」を久しぶりに観て…そのストーリーは、事が起こって家庭が崩壊、夫も娘も家を出て行ったあと、妻がこうつぶやきます。

 「こうなったのはみんなが少しずつがまんしたからよ」

 筆者は以前この映画を観たときはこのセリフに気が付かなったけど、今は、はっとしたとお話がはじまります。


 筆者自身が結婚生活で真剣に守ってきたことのひとつに「がまんしないこと」があったと述懐します。(他は「わすれない」「はぐらかさない」)そして、このセリフにひかれたのは「がまんしない」ことの難しさと大切さがわかりかけたからだと述べています。

 「がまんしない」を「言い出したのは夫」で当時、筆者は単純にいいことと思い、賛成しました。それを聞いた結婚生活の先輩である「夫の友人たちはみんな反対」結婚は「一年ももたない」と言われたと後に聞かされたそうです。

 しかし二人は守り通しました。「夫はがまんしなかった。私もそれに応えた」「結婚して六年半たった今、」がまんしなかったから「こうしていられるのだ、と確認し合っている」そうです。

 さて、ここからが佳境です。

 「がまんしないことは」「私も必死」「夫も」。並大抵のことではなく「べそをかきながら懸命にがまんしないでいる」という他人からはおかしな光景もありましたと。「理解し合うとか、わかりあうとか、そんなことをこえて」いつでもどこでも、よく話すふたりとなり、それを見た喫茶店の人は、夫婦?恋人?と賭けをしたと。

「必死にがまんするのではなく、必死にがまんしなかったのである」

「そんな中で私は、がまんすることがどんなにエネルギーのいらない、らくなことかを知った。」

 目からウロコです。

 そうか、がまんする方が確かにラクです。
 人ともめないで済みます。その場を簡単に収められます。

 でもがまんした方の心に澱ががたまる…。私は我慢強いと言われるのですが…そんな生活の頃はお腹に腫瘍ができた…関係ないかな?!…。

 がまんしない方がラクだと思ってましたが、筆者の言う「がまんしない」ことはいかに大変か。でも、やりがいがありそう。それもお互いにがまんしない、させないからいいのですね。それを貫いたのもすごい。

 自分には難しいけど…

 でも、この随筆で「がまんしない」ことへのとらえ方が変わりました。

 筆者はがまんが「どんなに人と人との距離をひろげ、その関係を浅くしていくものであるかも」知ったと述べています。

 がまんしないから…
 自分の思いをことばにして相手に伝えなければならない。
 黙ってしまう方がラク。言っても仕方ないと思う時も。ここはがまんした方がラクと筆者も「つい思ってしまう」「そのほうが波風立たない」と。

 それでも「つらくてもがまんしないできた」と。
 「傷口に塩をすりこむようなこともなかったわけではない」
絶えず話をしている。「わかりあうために話すのかと言われたら…笑い出してしまう」そんなことをこえて、私たちはよく話す。「話すことはそのまま生きること」

 こうして自分たちの「解放区が生まれた」

 日々のくらしも、小さな具体的なことの連続。

 家事の分担という発想はなく、そのとき、できる方がやる。平等ということばには、頓着しない。料理をつくるのは「夫のほうが手早く上手だから」「夫」が圧倒的にすることになりました。でも「夫」が台所にいるのに、自分がテレビを観たり新聞を読んだりするのは抵抗があり、ついあやまってしまう。「そこにひそむ傲慢さ、思い違いに気づかせてくれたのは夫だった。」と。

「あなたがそんなことを言ったら、ぼくは四六時中すまないすまないと言い続けなければならないんだよ」と「夫」が言ったと。

 今も自分との小さな闘いの連続。「互いの世界」を「侵し、侵され、包み、包まれ、生きたまま心中すること、解放区を日々新たにしていく…」と結んでいます。

 がまんしないことの方が大変。でも心に澱はたまりません。
 
 自分の心に沁みついた、がまんが美徳の概念を引きはがしたくなりました。
 
 がまんしないともめる…
 もめごとをすべて悪とみなす社会は…息苦しく、がまんを強要します。
 自分はもめごとは苦手で怖気づくほうですが…がまんしない勇気を出したい…です。

 一概に真似できないかもしれませんが、このような発想を知るだけでも違うと思います。

 引用しながら、省いた部分も良い文が多く、短い随筆なので是非、本書を読んで頂ければと思います。当然、そのほうが筆者の言う「がまんしない」ことの意味がきちんと伝わると思います。
 
 他に家族というものについての随筆もとてもいいです。この方のはステレオタイプでないのが好きです。

 他に読んだ随筆も挙げておきます。









 
私と一緒に勉強したい方は

自分の居場所は自分で決めればいいんだよ…心地よい刺激の対談



実におもしろい。

この二人の組み合わせから、何か刺激が受けられると期待して読みました。

その期待を裏切られませんでした。

他と違うことを恐れない、学校以外にも世界はある。

読後、残った言葉

「自分の場所を自分で決めて行くということが、本当に<自分>を生きるということになる」
「枠から一歩外れてみないと。」

(以下抜粋)
坂本氏
「…いじめなんかあったらさ、そんな学校やめちゃえばいいんだよ。でもなかなかそうしないでしょ?」
(略)
天童氏
「学校をやめたら友だちがいなくなるから無理して通いつづけるとか、寂しいからいじめグループを拒否できないとか言う子もいるでしょう。でもそういうのを聞くと、胸が痛みますね。友だちは学校や近所でしかできないと思い込んでいるというか、思い込まされている。」

坂本氏
「ほんとは自分の居場所なんて自分で決めればいいんだよ。(略)」

天童氏
「そうやって自分の場所を自分で決めて行くということが、本当に<自分>を生きるということになるんでしょうね。でも(略)坂本さんだから言えるんだ、なんて反応が来ませんか。」

坂本氏
「そんなことないよ。誰だってできるはずだよ。」

天童氏
「うん、僕もできると思う。そのための計画とか戦略をたててさえいけば。なにか芸術的に飛び抜けていなくても、また少々気持ちに弱い面があったって、焦らず時間をかけて、自分なりの<どう生きていくか>という小さな戦略を積み重ねていけば、自分の居場所を決めることはできる。(略)枠から一歩外れてみないと。別の世界に行けば気持ちの通じる人、想いをわかち合える人とも出会えるチャンスがふくらむわけだし。(略)…小中高の教師の方々でひとりとして外の世界について語ってくれた人はいませんでした。」

坂本氏
「ほんとは親が教えてあげるのが一番いいんだけどね。たとえば、自分が銀行員だったら、俺は銀行員を好きでやっている、だけどお前はなにをしてもいいんだ、しかしそのためのリスクはこうだ、というように教えるのが健康的な関係なんだけど。」

天童氏
「外れるのは怖いし、危険もある。我が身を守るための用心も要るし、手間もかかる。でもそのぶん、面白いこともいっぱいあるよって。」

以上 抜粋


 学校以外にもいろんな世界があるということですね。

 サブタイトルにあるように話題は多岐にわたってます。

 坂本氏の子供時代、ハマった映画を再現しようとしたことは…

 坂本氏が高校か中学生のとき、定期テストの日に遅刻し、外から校舎を見上げて、「こりゃ(日本は)駄目だなあと思った」
その理由とは…


 重い話題もあります。
もし、自分の子どもが殺されたらどうするか…坂本氏と天童氏の意見は食い違うのですが、後半の再度行われた対談で坂本氏はそれについて考え続け、その意見に変化が…。

 勇気がでる本ですね。







私と一緒に勉強したい方は

「だから人間は滅びない」…読んで元気が出た対談集

天童荒太さん…小説の単行本の表紙は印象的なので知ってましたが…
内容がヘビーそうで食指がのびませんでした。
 でもTBSの深夜読書番組「ゴロウデラックス」のゲスト出演を見て人間的に興味がわきました。(この番組はたまに見るのですが、ときどき素晴らしい拾い物があります)
まず、短編集を、次に「悼む人」を読みました。後者はやはりヘビーな内容なのですが、読んだ甲斐がありました。(電車で夢中になって読み、降車しそこねそうになったことが二度もありました)いずれ感想をまとめたいですが…難しい…。



 さて、ここで紹介する「だから人類は滅びない」は対談集です。ちょうど落ち込んでいた時期でしたが、読んで元気がでました。
 人と人がつながることは大切とよくいいますが、私は消極的です。特に、東日本大震災の時に「絆」が連呼されたときは、マスコミの情報操作のような、うさん臭さを感じました。

でもこの本の内容は次元が違います。とてもしっくりきました。

本書のまえがきによると、この本の企画書には…

…これからの世界はどうなっていくのか。私たちはこの世界をどう生きていけばいいのか。「生きていくために、つながる」をテーマに、新刊『歓喜の仔』で「人間はなぜ滅びないか」という問いに挑んだ作家。天童荒太氏と、つながることで社会を変えようとしている若手起業家を結ぶ。…

とあったとのこと。

確かに登場される方々の話は現実感と理想、思いやりにあふれ、天童氏曰く
「こんな人がいるんだ、こんなことをしているグループがあるんだ、という事実と、実践に至る経緯を知るだけでも、面白いはずです。」と。(本書まえがきより)

私もこの本を読んで元気が出ました。また、自分のできることで前に進みたくなりました。

参考までに目次をあげます。

第一章 震災と想像力 
     つながりは幸せの目安・自尊感情の回復・大根の値段と世界情勢
     ・「分からない」ことを喜ぶ
第二章 閉塞感を打ち破る農業 
      地域を結び直す・会いに行ける農家・信念を買う
第三章 コミュニティーの基本はものづくり 
      脱下請け・悪循環を断ち切る・孤立した消費者
第四章 母親に寄り添う産後ケア 
      他人への抵抗感・良妻賢母神話・家族を開く
第五章 モードは世界を変える 
      10年先から考える・個人の解放・人の影響を恐れない
第六章 反グローバリーゼーション
      ゴミをプラスに変える・善意の還流・気持ちよさは利益
第七章 週末農業で得られる辛抱と寛容
      貧民窟の豊かな暮らし・成長の限界・広がる快感・都市と農村の共存
第八章 つながることは災害への備え
      正義感と人間性・リーダーの役割・本能に従う


各章の締めは天童氏の感想です。
どの章も目からウロコが落ちるものばかりですが…一部を御紹介します。

第一章
教育関連の方がふたり紹介されてます。
一人は、経済的な事情を抱えた子供たちに学校外教育の機会を提供するバウチャー(クーポン)を配布する公益社団法人「チャンス・フィールド・チルドレン」の代表理事の雑賀雄太さん。
もう一人は首都圏で高校生と学生のスタッフが語り合うキャリア教育プログラム「カタリ場」を運営してきた「NPOカタリバ」の代表理事今村久美さん。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた女川に「女川向学館」開校した塾形式の学習指導や、心のケアを行っている。

二人とも若いです。うれしいな、こんな人たちがいるんだ。

第四章
産後ケアの一般社団法人「ドゥーラ協会」も是非いろんな方に知ってほしいです。
子供を産んだとたんに母親になるのはかなりきついことです。

第六章
廃材を利用したデザイン雑貨のブランドを展開するNPO法人「NEWSED PROJECT」は障害者通所施設「地域作業所hana」と連携して障害者の高工賃を実現させています。

ところで
テレビで見た天童氏がいいなと思った理由がわかりました。
この本の中で…
「大学卒業後、怖かったけどあえて就職せずに、肉体労働のアルバイトをしたり、町工場で働いたりして、そこでいろんな人に出会いました。(中略…そこで学歴は関係ないと感じる人たちに出会う)…そうした中で、次第に日常生活のあり方が一番大事だと思うようになりました。例えば、普段から家事をするんですけど、油だらけのフライパンや排水口のぬめりを洗うのは大変なんですよ。でもそれは自分がやらなければ誰かが負担する。自分の場合だと、妻に負担がゆく。実際、少なくない数の女性は毎日そうした生活上の小さな嫌悪と向き合っている。それを現実の体験として日々生きることが、自分なりの創作上の基礎になってます。今の大根一本の値段を知ることと、世界情勢を知ることは等価だと思ってる。…」この続きもとてもよいのですが、これ以上長く引用するのは控えます。本書でご確認ください。

こういう感性の方がいるんですね。見習いたいです。





 私と一緒に勉強したい方は

「東と西1」より 森絵都著「東の果つるところ」

東と西 1
いしい しんじ
小学館
2009-12-01

最近の作家さんとくに、西加奈子さんの小説を読みたくて手に取りました。
西さんの作品「猿に会う」
何気ない日常が描かれ、会話が生き生きとして楽しめました。他の作品も読みたいです。

ところが、収録作品の中で特に強烈だったのが、
森絵都著の「東の果つるところ 」でした。

設定は変わっていて、ヒロインの一族は、結婚する相手は、例えば「田中 実」のように名前の文字が左右対称であることが、結婚の絶対条件になってます。それを破ると不幸になると怖れられ、左右対称でないものと結婚しようとすることは一族と縁を切って結婚することになります。

そんな設定にしたことで、家族とは何かを考えさせられる物語になりました。
左右対称文字でなくても、どの家族にもなんらかの独特の縛りがあるかもしれません。

ヒロインはその縛りから抜け出そうと悪戦苦闘します。
女優となり、自分の左右対称の名前をきらい、芸名は左右非対称にします。
一族の縛りを嫌い、自分の好きな人と結婚し、家族を持ちたいと願います。
そして、ある俳優と恋をします。
ところが、婚約後、その俳優の本名が左右対称と知り、ショックを受け、婚約破棄してしまいます。
その後もいろいろあり、
最後に、ヒロインはお腹に子供を宿します。
しかも、ヒロインは不治の病で子供を産んだ後は長く生きられません。

その子どもへ
自分のたどりついた家族に対する考えが独白の形でつづられます。
この物語の圧巻はここからはじまります。

「人間の背後には必ず過去があり、過去の中心には家族がいる。
そんな現実を知るにつけ、私の中に居座っていた家族願望は急速にしぼんでいきました。
今は思います。人は家族よりもむしろ他人を大切に生きるべきではないか、と。
家族は選べない。けれど他人は選ぶ ことができる。家族の数は限られているけど他人は無限に開けている。

外の世界へ踏みだせばごまんと他人がいる。何者にも縛られることはありません。もちろん私にも。」

「多くの他人を愛し、多くの他人に愛され、呪も縛もないおおらかな生をまっとうできますように。 」

 何かというと、家族はいいもの、どの物語も家族ができてめでたし、めでたしになる、それが定石です。
でも幸福は多様です。そこから外れた人は不幸でしょうか。
有無を言わせぬ価値観に囲まれてあえて反論をするひとは少ないと思います。
この物語のヒロインは家族を離れ、自分の新しい家族をつくろうと必死になります。
そして最後にたどりついたのが、「他人は無限に開けている」でした。
家族にこだわらない「おおらかな生をまっとう」することを願うようになります。
縛り、縛られるのではなく、自分で選んで自分で開いていく人間関係。いいものかもしれませんね。



 

私と一緒に勉強したい方は

助けてという勇気…木皿泉さんのドラマから

一番言いにくい言葉は…
「助けて」ではないでしょうか。

昨今の家族間の痛ましい事件も「助けて」を言えなかったからでは。

家族の中で屈託を抱えていても
家族の中で解決しようとして 行き詰る。
そして最悪の事態になり初めて表ざたになる。


幼い頃から
「人には迷惑をかけてはいけません」
「人に迷惑をかけない人になりなさい」
と言われ続けてきました。
これだけ擦りこまれているとなかなか他人に「助けて」とは言えません。

 助けを求めたら「人に迷惑をかける」からです。

木皿泉というひとつのペンネームで夫婦で脚本を書かれている方がいます。
私はこの方の本が好きです。
気持ちが温かくなる、はっとすることばに出会います。

その著書「木皿食堂」の中の対談に



「助けてという勇気」…そんな言葉がありました。


その木皿泉さんの脚本
NHKで放送された「昨夜のカレー明日のパン」というドラマがあります。
   原作本はこれです。
  (木皿泉さんは俳優にあてがきします。この原作はドラマ化で配役が決まる前に書かれていますから、セリフはドラマの脚本とは違うところがあるそうです)
 
昨夜のカレー、明日のパン
木皿 泉
河出書房新社
2013-04-19




設定は血のつながりのない家族が暮らす物語です。
父と、息子の嫁の二人暮らしがドラマの中心です。
息子は7年前に25歳の若さで他界しました。
お嫁さんは夫の父を「ギフ」と呼び、
義父は彼女を「テツコさん」と呼びます。

お嫁さんには恋人、岩井さんがおり、ドラマの初回で結婚を申し込まれますが
「結婚はしたくない。家族が嫌い。ギフと暮らすのは始めから偽物と分かっているからだ。」と言い放ちます。

隣の家には引きこもりの元CAの娘さんとその両親が暮らしているなど
各自問題を抱えている人たちが登場します。
しかし、見た後、必ず温かいものが残るドラマです。

そのドラマのある回で
ギフが山登りを始める話があります。
テツコさんはギフの山登りのアドバイザーにと
会社の同僚”山ガール”をギフに紹介します。

ギフはその”山ガール”と二人で山登りをします。
ところが
ギフは下山中、息苦しくなり歩けなくなります。
でも、若い女性”山ガール”に迷惑をかけてはいけないと我慢し続けます。

とうとう見かねて”山ガール”は「私があなたをおんぶします!」と言い切ります。
「女性には無理だし、荷物もある」と断るギフに
彼女は「荷物は捨てます!」と投げ出します。
そんなやりとりをしているうちにギフは元気になります。
それを不思議がる”山ガール”に
ギフはこう言います。
「助けてもらえると思えたら、息苦しくなくなった」と。
そして二人は無事に帰ります。
…そんなストーリーでした。

私たちは助けを求めてはいけないと思ってます。
それは無意識ですが、かなりの緊張を自分に強いているようです。

助けを求めていいと思えるだけでもとっても大きなことです。
たとえ直接の助けでなくても、話を聞いてもらえるだけで解決への道が見つかることも少なくありません。


ところで…余談ですが…
このドラマの最終回。テツコさんと岩井さんが結婚してギフと三人で暮らすことを示唆して終わりました。
血のつながりのない三人が暮らす…
木皿泉さんはある対談の中で血がつながってるから家族なんではない。
思いやりと気遣いをして「家族」になるんじゃないかと言ってます。
そんな思いがこのドラマで描かれていました。


追記:原作を読みました。8つの章に分かれてました。亡くなった息子一樹や、その母が主役の章もあり、映像と違う部分が多いです。でも同じ人が書いているので違和感は少ないです。結論を強制しないのが良いです。


追記2:テレビドラマ出演者 (だいぶ前に見たのですが山ガール以外は覚えてました。)
 ギフ(鹿賀丈史) テツコ(仲里依紗) 岩井さん(溝端淳平)   
 回想場面 テツコの亡夫(星野源) ギフの亡妻(美保純) 
 山ガール(吉田羊) となりの元CA(ミムラ)



 



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