不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

専門家の視点

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

不登校になっても慌てない「おはなしワクチン」

過日、NPO法人 自由創造ラボたんぽぽ主催「東京サドベリースクール」の外部理事の蓑田雅之先生の講演へ行きました。
お話を伺って「安心できる」そんなあたたかい講演でした。

蓑田雅之先生のプロフィールをご紹介します。
「東京サドベリースクール」の元保護者、現在は外部理事。
 子どもがオルタナティブスクールに通うようになり、従来の学校教育のあり方に疑問を持ち、教育分野の研究に着手。自立した人間を育てるための保護者のあり方を探求する活動を行っている。
 各地で開かれるお話会では「サドベリー教育」について講演し、多様な学びを広げる活動を行っている。目標は「不登校」という言葉をこの世からなくすこと。「当日配布プリントより」(2018年)

蓑田先生のお子さんは不登校ではありませんが学校へ行かず、学びの場として東京サアドベリースクールを選ばれたそうです。現在、お子さんは興味あることを見つけると、自分でコンタクトをとって行くことをきめるなど自ら積極的に行動をおこしているそうです。

蓑田先生は自分の考えを押しつけず、人の話を親身に聞く、そんな姿勢の方でした。お話の様子では、ご家庭での話し合いをよくされているように見受けられました。特にお子さんの将来も、どんな未来であっても子どもが幸福ならいいのではと話し合ったエピソードは印象的でした。

講演の概要として
次のようなプリントを頂きました。

おはなしワクチンまとめ

〇不登校は法律的に見ても問題行動ではない。
〇義務教育は親の就学義務で、子どもの義務ではない
〇だから、子どもが不登校になっても慌てない。
〇不登校はチャンスでもある。
〇世の中には学校以外の魅力的な学びの場がある
〇不登校になったら学校以外の教育を選択する
 サドベリー教育 シュタイナー教育 自宅学習……
〇サドベリー教育はその中のひとつ
〇親も子も、同じ未熟な人間として対等であると考える
〇子どもを独立した人間と考え、親の価値観を押しつけない
〇子どもには自由とともに責任を与える
〇自分で考え、自分で学んでいく力をつける

興味のある方は蓑田先生の下記のサイトにアクセスしてくださいね。

講演の半ばでは参加されたお母さん方とグループをつくり、不登校についての悩みや、先生のお話について思ったことなどを話し合い、再度、講演にもどり、最後は質疑応答する、そんな催しとなりました。こじんまりした講演でしたから、質問もしやすく、あたたかみのある催しでした。帰りにこの講演の主催の方たちから、ラヴェンダーのアロマのお花を頂きました。

この講演の主催  ↓ホームページリンク
 神奈川県藤沢市で、不登校相談、子どものフリースペース、親の会などを運営。講演会や講座など、不登校への理解啓発活動を積極的に行い、誰もが自分らしい教育を受ける社会づくりを目指して活動中。    連絡先は labotanpopo@gmal.com

この講演のまとめ ↓
通学しないのは同じ…外出できない不登校と外出できるサドベリー…蓑田先生の講演①へ
サドベリースクールの体験を通して…蓑田先生の講演②へ


私と一緒に勉強したい方は

通学しないのは同じ…外出できない不登校と外出できるサドベリー…蓑田先生の講演①

蓑田先生の「おはなしワクチン」はこんな問題提起からはじまりました。

オルタナティブの子も、不登校の子も、

   学校に行かない
    
     家にいてやることは同じ       
             昼夜逆転
             ゲーム
                
でも…

  オルタナティブのひとつ、サドベリーなどの子どもは 
  普通に渋谷などへでかける。

ところが…
  不登校の子ども  外に出られない。家に引きこもる。

この違いは何なんだろう?

「おはなし ワクチン」を始めた理由。
   不登校の予防、不登校になっても大丈夫だと知らせたいから。
   保育園、幼稚園生を対象に始めた。

始めにうったえたいのは…
      親は「肩書を脱いで聞いてほしい」
 
    属性にこだわると子どもに通用しない。
   「親」「母」も属性である。
   「自分にとって」と考える。



不登校の現状
平成16年度 不登校生 132436人 中学生は35人に1人(30日以上欠席者)
             ※保健室登校生は含まない人数。

不登校は…突然やってくる。
     その時うろたえないための「おはなしワクチン」。

    不登校のきっかけ  
       いじめ、先生がキライ
         感覚過敏…音・光を過剰に感じる

                  最悪 死につながる

               不登校になると、家庭崩壊も 
                                   「お前(妻)の育て方が悪い」「夫の無関心」
              逆に家庭崩壊で不登校になる場合もある。

不登校になったら発想の転換を

     学校以外に多様な学びの場がある。

①法律から ②多様な学びの場について 
(この二つの面から不登校でも心配はいらないことを裏付けます。)

①法律  文部科学省は不登校、多様な学びの場を認める方向へ
   憲法26条(昭和22年)教育を受けられる権利
          親が子どもを学べるようにする義務
     学校教育法(同年)第1条 公立、私立の認可
                保護者に9年の普通教育をうけさせる義務
     教育基本法(同年)福祉国家をつくるために教育が必要

     敗戦時につくられた法律である。 戦前はエリートのみ教育を受けられた。

   義務教育とは無料で受けられる夢のような制度。
         A・子どもの権利を親が守る義務がある。
         B・子どもにとっては義務ではない。
            AとBの矛盾を解消するために
   2016年に「教育機会確保法」
          ↓
        本人の意思を尊重する。
        学校以外も認める
        学校復帰はしてもしなくてもよい。


       当時の文部科学省事務次官・前川喜平氏
       「不登校になっても全く学校に通う必要はない」

②多様な学びの場
 オルタナティブスクール 世界にもある。
   東京シューレ(日本)
   シュタイナー(ドイツ)
   サドベリー教育(アメリカ合衆国発祥)
   イエナ(ドイツ・オランダ)
   フレネ(フランス)など

 蓑田先生のお子さんが通ったサドベリースクール
    お子さんは中一から在籍した。
    場所は桜新町の一軒家 2009年に開設。 
    在籍者 5歳~高校生18歳まで 15名ほど 
        学年別意識はない。
 サドベリーとは
   サドベリーの由来
   アメリカのボストン、サドベリーバレーが発祥の地 
   広大な敷地と150人の生徒がいる。

   世界で40校ほど、日本は10校ある。

  サドベリーの運営方法は…
     デモクラティック(民主主義)である。
   先生がいない。いるのはスタッフ。
   カリキュラムがない
   家があるだけ
   生徒とスタッフがルールを決め運営する。
    桜新町のサドベリーで予め決まってたのは終了時間(15時半)だけ。
    皆で決めたルールは必ず守る。
   
サドベリーはどんなことをしているのか?
  しゃべっていることが多い。
  それぞれ、読書・図工・刺しゅう・料理(作って売る子もいる)
  お昼ご飯  弁当持参かコンビニで購入か、
        キッチンで作る子も。
  昼寝している子。

  ぶらぶらしている子。
  何をしていいかわからず困っている子。

           でもこういう時間も必要。
        
  日本の価値観の大きな変化

   以前は…
    子どもは勉強して大学、会社へ 一つのルートがあれば良かった。
    親や先生の言うことを聞けば自動的に人生がうまくいった。

   現在は…
    親や先生の言うことも聞いても必ずしも人生はうまくいかなくなった。
    AIの登場→医者という職業も大きく淘汰される可能性が出てきた。
    産業の変化 今までと違う新しい職業の台頭
         ゲーマー(eゲーム)がオリンピックの競技になる可能性
         ゲーマーのコーチで食べていける可能性がでてきた。

   学校は…教科書は作り採用されるまでに3年かかり、
      それを使う授業は時代の変化に遅れ、
      子どもたちは古い情報を学ぶことになる。
   
   これからは…
    自己肯定感・自尊感情・自己構築・行動力などのある、
    自立した人間が望まれる。(文部科学省も述べている)

  しかし…現状は従来の進級、進学、就職優先で枝葉のことに拘泥している。

   「生きる力」が教育から抜けている。
   (今までの学校至上主義と現実が合わなくなっている。)   

     
不登校生の親の悩み
 周囲とのギャップ 無理解。 親の開き直りが必要では。


 子どもにどこかに行って(通って)ほしい。→適当な場がない。

   子どもが行ける場の一つとして
      サドベリースクールの体験を紹介されました。
   その中で特にサドベリーで身についた自由、
     自由の本質などのお話がありました。
     サドベリーへの疑問・不安についても話されてます。↓そのまとめ
       サドベリースクールの体験を通して…蓑田先生の講演②

    



私と一緒に勉強したい方は

サドベリースクールの体験を通して 蓑田先生の講演②

蓑田先生の講演の内容 まとめ②
サドベリースクールへの疑問について…好き勝手にしていいとは?

Q/サドベリーは…
  先生がいない。好き勝手していい。
  どんな効果があるのか。
  勉強しないで大丈夫なのか。
  サドベリーでは中卒になる。

A/まず考えてほしいこと。

  サドベリーに出会って気づいた、
  考えるのをスルーした2つの大切なこと

  ①親って何?
     
  ②学校って何?
     
 ①親とは…
  子どもが生まれたら自動的に親になる。
  無免許運転のようなもの。
  一皮むけば親も子どもも未熟
   「親」であるだけで子どもにパワハラ
    例えば…
     親は間違えたとき子どもに謝っているか。
     親はかげで悪口を言ってないか
     親はうそをついてないか。
     電車などの優先席で寝たふりをするなどしてないか。
    
     親も子どもも未熟同志 対等である。
  
   親という属性は外すと親子は対等
    そんな親が子どもを「何とかしたい」とすると
    どこかの場面で親がウザクなる。

  属性よりも人間としての尊厳に目を向ける。
 
  サドベリーは
    大人と子どもが対等 
    サドベリーと家庭も対等

  ②学校とは…
    通っていればOKと思い込んでいる。
    何で学校に行くのか?
    勉強したことはどのくらい覚えているのか?
    生きていくのに学歴は必要か?
    先生と子ども、先生と親、学校と家庭は対等ではない。


  サドベリーに行くと上記の①②の疑問に向き合わざる負えない。

     答えはない…でも、自分で考えることが大切

  サドベリーは子どもを「子ども」と考えず
   「人間」として考えるから
             「教えない」
             「与えない」 

  「子どもの人生は子どものもの」

   親は子どもを「自分の一部」として見てしまう。
   でも「子どもは子どもの人生」。

  サドベリーは完全な自由 
   子どもに「自由と責任の両方を与える」
   「人生の責任は子どもがとっていく」。

Q/勉強しないで大丈夫なのか?
 子どもを自由にさせると本当に勉強しない。

A/勉強すると大丈夫なのは本当か?

 心配すべきは本人であり、
 親が先回りして心配すると本人はしなくなる。

 本人が自覚しない限り始まらない。

 子どもは別人格と切り離して考える。

 親の理想像は「勉強すると良い学校に行け、良い会社に入る」
   親はうれしいはクセモノ、これは親の価値観である。
   子ども本人が考えないといけない。
      「子どもの人生は子どものもの」  
   結論は
      「期待しない」
      「心配しない」

   親は子どもにしていることは他人にはしない。なぜか?
   他人の人格を尊重しているから。
   でも、自分の子どもにはしてしまう。


 サドベリーに行ってで気づいたこと。
   「子どもの人生は子どもに手渡す」


  Q・サドベリーの何をやってもOKは…
    甘やかしで社会性がつかないのではないか?
      
   A・これは自由の本質を考えてない言葉。

   自由とは…
    「大海に頼りない小舟で乗り出た状況」
     まるで「遭難した状況」
       「束縛された中での自由」は自由ではない。
          例えば…学校の休み時間など

   サドベリーでは
    誰も教えてくれない、
    自分で考えないといけない
             …とだんだん気づく。


       選んで学び取るようになる。
    
    サドベリーにいる子どもたちの傾向として
      小学校低学年 
            サドベリーは楽しい、好きなだけ遊べると思う。
      小学校高学年から 
            「これではいけない」と「現実」に気づき始める。


     自由とは…分を知る。分で責任をとる。分に来するもの。

   サドベリーにいたある中学3年男子は
         「自由って冷たくて厳しいもの」と言った。

   それをくぐりぬけてこそ、自立し、生きる力が育った。
     自分で探し、自分で選び、自分で行動するのが当たり前に成長。

   完全に自由にすると芽生えるかもしれないが、難しい。
   (補足・子どもが動き出したら、サポートしてくれる
    サドベリーのスタッフのような存在は必要ということでしょう)

   最終的に負うのは自分。
   自分で決めて行く。

 蓑田先生自身、サドベリーにお子さんを入れたのは
 親の欲だったかと考えたことも。

   もしかしたら、一生フリーター、あるいはホームレスになると…
   でも、自分で選択したなら幸せかもしれないと。
   家族で話し合ったそうです。

 
 親の役割とは何か…
  子どもは未来を宿した種である。
   親はプランター、あるいは地面。(栄養分)
   
   芽を出すのは子ども。強制出来ない。どんな種かもわからない。

   親はひまわりの種に、薔薇の花を期待しがちだ。
   親は何もできない。
   親は子どもに人生を手渡すだけだ。


   親は… 
    子どもに人生をひらく力があると信じること。  
    親は子どもの人生を奪ってても気づかない。  
    今の教育は子どもの自立を奪っている。

    幸せの価値観は子どもが自分で決めるもの。
    親が決めるものではない。
  
  反抗期  サドベリー育ちにはない。それは対等だから。
       親が抑圧的な態度をとるから反抗する。
       
       高校三年の時口論はあったし、
       男子なので無口にはなったがこれらは成長。


  「親」という漢字は木の上で見張る意味があり…よくない。
  それに対して「保護者」は良い言葉だと思う。


最後に不登校の親御さんからの質問がありました。

Q/中三の子どもがゲーム三昧です。働きかけはしなかった、親が勧めたものはやらない。
   塾だけは行っていた。そこの先生が渡してくれた本で動き始めた。

A/第三者がいいかもしれません。

  親が「子どもが変わってくれるかもと思う」のも違うかもしれない。
  親がチャンスを作ってあげたいと思うが、出会いは偶然なもの。
  本人が興味があるものなら提供してもいいが、頻繁だとウザクなる。
   友だちに好きなものを勧めるような「自然さ」

   意図があると子どもに見抜かれる。

                        以上が講演の内容です。

 子どもが自分で決めることはとても大切です。
 最近、不登校の親御さんから伺ったのですが、子どもが、進学して続く子は、「自分で決めた」子だそうです。親が強く促した子は続かないそうです。学校復帰に限りませんが、それを聞いて、自分で決めることの重要性を再確認しました。
 以前にアップした網野由香里さんの不登校への対処 (参考 登校しぶりの対処② 昼夜逆転はいい!)にもありましたが、本人が動き出すのを待って、動き出したら手助けする…雛が孵化するとき、卵の中から殻を割ろうとするのを親が外側から手伝う…イメージです。
  待つのはなかなか辛いですが…
    そんなときは悩みを共有できる場をもつのが必要ですね。

通学しないのは同じ…外出できない不登校と外出できるサドベリー…蓑田先生の講演①のページへ




私と一緒に勉強したい方は

不登校…子供は大人の鏡

不登校は文化の森の入口
渡辺 位
東京シューレ出版
2006-11-20





 この本は不登校に関する名著です。


 不登校を通していろんなことが見えてきます。子供は大人の鑑。大人社会の問題が投影されます。



「大人の問題を子供という弱いところにしわよせする、問題児をつくることで大人は自分たちの問題をごまかしている」と著者はいいます。


 中でも日本の公教育は軍隊的であるとの指摘が興味深いです。

 制度化された1885年頃の時代背景に戦争があったということがその根拠です。
 軍隊的特徴…確かに
、整列して歩調をとって歩く、制服、教師の体罰、児童生徒に対して支配的、強権的な傾向等うなずけます。

 余談ですが…2017年11月の報道された教師による小学2年生女児への暴行は本来ならば傷害罪です。それが適用されないのが不思議です。ところで、戦時中の日本軍も上官による下士官への暴力が常態化してたと聞きます。こんな面まで軍隊と似ているのでしょうか。

 戦争当時は「国の役に立つ人間」を育てること。だから学校教育もそれに貢献したわけです。

 今でも当時のクセが抜けていない面があると指摘されてます。高度経済成長期のころは「戦争」から「経済」に切り替えただけで本質は同じだったのではと思いました。
  
要するに公教育制度は
元々「人育て」ではなく国策に沿う「人間作り」が目的です。教育に
熱心であればあるほど人間を一つの目的に合うよう「一律化」していく傾向になります。他の人と違うことが受け入れにくい社会へとなりました。

 このような時代背景の考察をすることでものごとの本質が見えてきます。歴史を勉強することの本当の意義はこういうことです。

 話を戻します。不登校の子供達はそれに「No」と言っているのですね。無意識に。だから、かわいそうなことにその子は「一律化」に当てはまらないので、私はおかしな人間だと自分を責めることになります。
 不登校の解決は学校に戻ることだけではないという声が稀ですがやっとマスコミでも言うようになりました。

 国策教育から世の中の動きを見ると、

 数年前に、
ニート、ひきこもりをマスコミが大きく取り上げた時期がありました。

 しかし、ニートやひきもりは昔からいました。急にクローズアップされたのは、
国の赤字財政、年金の不安、少子化などの政治の問題が背景にあると思います。つまり国策に沿わない…
 国策が困る「定職、定収のない人」ニートを追い詰めるのと、不登校児童を問題視する構造が似ています。

 一律化をよしとする教育に適用するのが良いとされた教育を受けた大人たちはそんな世の中の風潮に流されない本質に気づくのはかなり難しい…。

 いろんな人がいていいという多様性に寛容な目を持ちたいです。

 不登校ではなくても、子供に合う教育を求め、学校に行かずホームエデュケーションを選べる、その上、補助金も出す国があります。その動きは日本でも始まっています。
 


私と一緒に勉強したい方は

不登校リスクとは 実務家の視点

「不登校ほど、『きっかけ』と『原因』が混同される子供をわたしは知らない。
不登校には必ずきっかけがある。
友達にへんなことを言われた。
教室でいやな経験をした。
しかし、これはあくまで『きっかけ』であっても、
『原因』ではないことの方が多い。」
原因、すなわち問題の所在とは、
「みんなと仲良くしなければならないという大前提、これが原因である場合が非常に多いのだ。」
   小栗正幸著「生きづらさを和らげる対話術」より
                     ※みんなと仲良くについて「友達100人」も要らない 参照

不登校の対策として、この本はとても示唆に富んでいます。

小栗正幸氏は、法務省に所属する心理学の専門家(法務技官)として各地の矯正施設に勤務。宮川医療少年院長を退官後、(本書執筆時は)学校巡回に従事し、先生方に子供への接し方のアドバイスをしています。

経歴からも想像できますが、大変困難な状況下にある親や子供たちと多く接した経験をもちます。

でも、それだけではありません。
当ブログのほかのページでも触れましたが…
私はかつて小栗氏が教育テレビの討論番組に出演したのを見たとき、我が子の家庭内暴力に悩むお母さんたち個々への氏の接し方や口調にとても温かみを感じました。

この本も温かみがあります。

この著書には不登校について、原因は「親のせい」とはどこにも書いてありません。
更に、別な著書ですが周囲が言いがちな「親の愛情不足」という言葉を「不毛な言葉」とはっきり批判してます。
         ※親の愛情不足について「無神経な正論」へ反論 参照

本書は
日本の学校が共通してかかえる悩み、
学業不振、不登校、暴言や暴力、いじめや非行などを氏の視点から捉え直したときに見えてくるもの、それへの対話術と、小栗氏が巡回先の学校の先生に伝えていることを一冊の本にまとめたものです。

(補足)
 私がこの本を取り上げたのは学校へ戻すことの効果を期待したものではなく、最も大切な子供自身が自分で決めて自分で立ち上がるのを目指している点です。その結果、学校へ行くのはいいと思いますが、それ以外の道があっていいと思います。






もちろん、不登校についても多くのページを割いてます。

以下「 」内は引用です。


筆者の不登校への基本姿勢

「半世紀以上にわたって、不登校論議を交わしてこられた専門家には申し訳ない限りだが、『この50年以上、不登校の本質は寸分たりとも変わっていない。今まで交わされてきた不登校論議はとても高邁で、人間性に満ちたものだとは思う。しかし、どうも不登校の本質にヒットしていない。だから不登校は減るはずがない』というのがわたしの持論である。
後からのこのこ出てきてひどいことを言うなあ、と怒らないでほしい。白状すると私は団塊の世代だ。いわば不登校の人たちの推移との同居人である。そうした背景をもって言うのだから、これも年の功だと思って、わたしの話を聞いてほしい。」

…主旨は前半部分ですが、それだけだと厳しい言葉に聞こえてしまうかもしれません。それで長文を引用させていただきました。

今まで尽力された方々を否定したものではないと断りつつ…筆者は率直に意見を述べ始めます。

筆者は、
不登校を起こしやすくする[なにものか]をリスク(危険要因)と名付けます。

その数は不登校の研究者の数だけあるそうです。
現実に子供たちに会っていると、いろんなリスクが目に付き増えるもの無理もないと、筆者は同情しつつ…要因を大きく三つに絞り込んで論を進めます。

本書では起立性調節障害、生活習慣獲得不全、不定愁訴などのリスクは論旨を明確にするためあえて入れてません。                         
                  ※起立性自律障害についてはこちら

不登校の三大リスク 
(リスクが一つ乃至二つ以上合併する場合もある。)

①こだわり(決め付け)…不登校リスクでもっとも大きいもの 
「不器用というか、融通が利かないというか、
わたしたちなら何でもないようなことに『こだわって』自分を追い詰める。
結局課題は乗り越えられず不全感を募らせる」 

その課題はあまりにも当たり前のこと「わかりきった事柄」ばかりだから、逆に、支援指導が難しい。

「それが『みんな』の当たり前な(無意味な)課題ではなく、
『自分』の特別な課題になってしまうのが本書の主役たちである。
しかも、息苦しさを感じるが、それが何であるのかを洞察できない。」

②学業不振  
学業不振は自尊心の低下につながり、子供の学校生活への積極性や能動性を阻害する。
発達障害が絡むものもある。

③対人トラブル  
「不登校の『きっかけ』であって『原因』ではないことの方が多い。

不登校の人は元々自信がなかったり、被害感が強かったり、不信感が強かったりする人ではない。
そのかわり、コミュニケーションの力に課題をかかえている人が多い。」

コミュニケーション能力の課題とは…
     相手の考えていることを想像する力が弱い。「メタ認知」が弱い。

「メタ認知」
  筆者は専門用語は避けていますが、この言葉だけは使いたいと言います。
  それだけ重要なことと思われます。

 「メタ認知」とは…自分の姿を第三者の目線で客観的に見つめる、
          成熟した認知スタイルのこと。
     一般的に小学3年から5年生にかけて発達する。
     メタ認知があれば…
       子供は複雑な対人関係を処理でき、社会性がつく。
     例えば、
      「わたしは、いまこの遊びがしたい」
      「でも友達のAさんは、いまこの遊びをしたくないかもしれない」
       と分かる(想像する)ようになる。
     
メタ認知が未熟だと…
不登校の子は
「…クラスメイトの一人と意見が合わなくなった場面で
相手の立場とか思いを理解できず、
相手の言動に対して寛容になりにくくなる。
思いがけず教師から評価されなかったり、
友だちから注目されなかったりした場面でも同じことが起こる。」

「そうした状況は、だれにとっても不快なものであるが、
不登校になるような人は、相手との対人関係を通した解決が図りにくい。
(中略)あの『嫌な感じ』をずるずる長引きやすい。
長引けばその経験はゆがみの元になる。」

「不登校の子どもに自信欠如や被害感、不信感の強さがあるとすれば、
それは原因というより結果的な『ゆがみ』である場合がほとんどである。」


……う~ん。
私もあてはまりそうです。
人間関係で嫌なことがあるとその場面を何回も頭の中で反芻して切り換えられません。
やがて、自信欠如、被害感、不信感が…思い当る…。ひとりでいる方がラク。
中学生のとき、担任の先生が見かねて
自分が思うほど相手は気にしていないよと言われたことがあります。
当時は「そうかもしれない」と思いましたがあまり聞く耳をもってませんでした。
でも今も覚えている有難い言葉でもあります。




本書はこの後、
各リスクへの対応について述べ、「使えるところは使っていただければありがたい」と不登校対応の章へつながります。



対話術の方では、人との接し方、どう話したらこちらの話に耳を傾けてもらえるか、単に同調するのではなく相手が冷静に話しやすくする話の持っていく方法について、実例をあげながら述べています。
ああ、人間の心理ってこうなんだなと。どうしてそう言った方がいいのかそのマインドも説明してくれます。

対話術の要点をまとめようと思ったのですが、
本書の「気遣い」を反映させてまとめるのは難しいです。

興味のある方は、本書を読まれることをお勧めします。





私と一緒に勉強したい方は

不登校生との対話術「的を外す」とは 

小栗正幸氏の対話術
不登校のリスク要因、「こだわり」の強い子への対応について

人は誰でも自分のことを否定されるのは嫌なものです。自分の考えも否定されたら、相手と楽しく対話するのは難しいですね。子供も当然そうです。否定されたら、心を閉ざしたくなります。
でも、間違った考えだったら肯定できない、否定せざる負えない、でも対話の道は断たれかねません。

ではどうしたらよいか?

ここで登場するのが、氏の言う「的を外す」です。
子供のこだわりについては何もふれない(的を外した)が、子供のことは肯定する。ここから対話がしやすくなります。

 不登校の子に対する氏の「的を外す」対話術について具体例もいれてまとめてみます。





「こだわり」…筆者は以下のことが不登校原因かたまりのように見えるそうです。

①「友だち」にこだわる。
…みんなと仲良くする…実際は不可能です。

②「一番」にこだわる。
…「負ける」ことを受け容れられない。
小学校三年くらいまで勝つことや負けることよりも遊びとして楽しめるようになれればよいが。
中学生、高校、大学生になっても例えば集団競技で、みんなで頑張ったけど負けた場合、チーム内で「お前のミスで負けた」などと個人攻撃する人は「勝ち負け」の課題が未消化。

③「いいかげんさ」がない
…これがあるからこそ少々難しい問題も「まあいいか」と無難にその場が切り抜けられる。

④「矛盾」とつきあえない
…悪としての矛盾は無くす努力はするべきだ。しかし、世の中は矛盾に満ちている、子供たちもその矛盾との付き合い方を身に着けてほしい。
   小栗氏曰く、学校は矛盾に満ちているので、
   矛盾の付き合い方の学べる場になるとのこと。

不登校対応 短期目標と長期目標をたてる。
 短期目標
  利害一致を起こしやすい課題を見つける。
  筆者の場合は2~3週間
 長期目標
  今は起こっていないが、
  短期目標の積み重ねで1~2か月後には
   利害一致を起こせそうな課題を見つける


そのための対話とは
うまくいってないところや、改善を要するところでなく、
 本人が納得できるところを足掛かりにする。
②感情でなく理性に訴える。
③本人が気づきやすいようにサインを出す。
④意見が違ったときは楽しめる雰囲気をだす。
  (「それもおもしろいじゃない」など)
 楽しい雰囲気で対話が終わるように配慮する。

子供を変容させるという発想をもたない。まず失敗する。

「こだわり」…指導困難な状況を作る最強要因である。

こだわりへの対応
①こだわる人の言辞は「こだわる」ことに意味がある。
②肝心の理由の説明を聞いても周囲が納得できるものではない。
③周囲が「なんだそんなわかりきっている」ことを気にしている場合が多い。

基本姿勢
①子供の「こだわり」を意味あるものと受け止めすぎない。
②しかし、あからさまに「こだわり」を無視することもダメ。
③押しても引いてもだめ。

ここで登場するのが、冒頭で述べた、肯定的に「的を外す」です。

たとえば
「何もしてほしくない」という決め付けには

やりがちな対応
①真っ向から応じる
「そっとしておいてほしいのですね」「干渉されたくないのですね」
  …×「こだわり」そのものを肯定してはいけない。
②逆に×「こだわり」は否定しても緩和しない。


  元々こだわりやすい子供への指導だから。
  是正したい、こだわる傾向を変容させたいという指導は大抵失敗する。
  

〇肯定的に「的を外す」
①相手を否定しないことは大切だが、こだわりは肯定しない。
「何もしてほしくない」というこだわりに対して
 「自分の意見をはっきり言うのは大切なことだよ」と応じる。
②これは、「こだわり」自体は肯定しない。
 子供が自己主張できたという事実を褒めることで「的」を外している。
③「的」は外しているが、肯定的な表現を用いているので、
  子供の感情を害することはほとんどない。これが対話の糸口になる。

こだわりやすい傾向を否定せず、対話につなげていく。

「こだわり」の内容を役に立つ「こだわり」に変えていく。

「こだわり」は悪いものではない、むしろ宝の山でもある。

小栗氏のエピソードの中に、
 勉強のできていた中学生が「勉強や学校に意味がない」と急に言い始め「学校に行かないこと」に決めてしまい、一年くらい行ったり行かなかったりの状態が続き氏のところへ来ました。
話してみると歴史に非常に詳しい、それも鎌倉時代だけ。かなりマニアックな内容を氏は「おもしろいね」と聞き続けました。少しずつ「歴史でご飯を食べている人がいる」と話しました。すると本人から有名大学の歴史学部のリストを持参して、高校、中学に行った方がいいとその理由をとうとうと説明して自ら学校へ戻り、難関高校へ進学したそうです。
 勉強とは一言も言わず、勉強に付き合い、進学を動機づけ、進路指導らしきものも行ったわけです。子供の言った「勉強や学校に意味がない」に氏は一切こだわらなかったそうです。
 後日談で、歴史を専攻するために大学進学したそうです。ところが鎌倉時代に関係ないドイツ近代史を専攻したらしいとのこと。そういうことはよくあることだそうです。

こだわりは否定せず何かのきっかけにつなげることが大切ですね。

以前聞いた、舞台演出家の宮本亜門氏の話を思い出しました。

宮本氏が
趣味や嗜好がクラスメイトと合わず不登校、引きこもりになったときのお話です。
不登校が長引き両親が心配し病院へ連れていかれました。
その時のお医者さんの対応は…
宮本少年の好きなことの話を
それはおもしろいね。いいねと。一生懸命、聞いてくれたそうです。
クスリの処方は一切なく
病院から帰るころにはすっかり元気になったそうです。

これも「的外し」では。…「学校へ行きなさい」は一切なかったようです。

医師が肯定してくれたのが大きなクスリになったのですね。

肯定がいかに大切か。

そのための「的を外す」です。

繰り返しになりますが、
子供の「こだわり」がもし間違ったことだとしても、「的を外す」ことで肯定できる面をみつけ褒める、ここから対話がひろがり、宝の山ともいえる「こだわり」から解決の糸口を子供とみつけることができる可能性があるのですね。
先ずは、なぜ「的を外す」ことをするのか、そのマインドをきっちり心に据えてから実践したいと思います。あくまでも対話できるようになることが目的です。






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原因探しは悪影響…カウンセラーの視点

子供が不登校になった場合、その原因探しはほとんどの方がされると思います。

以前私は、不登校当事者の実感として原因探しは有効ではなかったと述べたことがあります。
当ブログ「不登校の原因探しは有効か?」へ)

信田さよ子先生の連載記事
「子どもに対してこれだけはやるな!カウンセラーが明かす逆算の育児法」
を読みました。

 その中の章「原因探しはしない?」によると、家族に問題がおきたとき、家族療法をするそうです。臨床心理学や精神医学の分野の家族療法は、家族をシステムとしてとらえます。ある意味、ITと似ていると。ところがITとは決定的な違いがあります。それは家族療法は原因探しをしないことです。

以下 「   」内は引用
「システムというものは、ほんの一部が機能しなくなるとすぐに全体に影響してしまいます。システムの誤作動がビル全体の働きを止めてしまうこともあります。家族もそれと同じで、たとえば子どもが4日間登校しなかっただけで、他の家族にも大きな影響を及ぼします。」

 家族療法で原因探しをしないのはどういうことか次のように述べています。

「本人か母かという区別を除けば、いずれも『因果論』(原因があるから結果としての問題が生じている、だから原因を除去すれば問題は解決される)を前提としていることは同じです。

家族療法はこのような考え方を斥けます。

家族において生じる問題は、原因があるわけではないとするのです。」

 原因を除けばよくなるわけではない…家族療法は原因・結果ではなく、悪循環が起きていると捉え、因果論から循環的認識論への転換を促しています。

 なぜそうするのか、
カウンセリング現場での因果論は良くなるどころか悪化させる以下のような実態があります。

「子どもに問題が生じると、周囲も夫も、そして子どもも『母親が悪い』と母親原因説の大合唱になりがちだからです。それがいったい何を生み出すかと言えば、原因だとされた母親の傷つきや孤立感が、『あんたが不登校にさえならなきゃよかったのに』とばかりに、本人に向かうさらなる支配や締め付けにつながり、まわりまわって本人の状態を悪化させかねない事態です。」

以上のように原因探しは犯人探しへつながり、それは決して解決につながらない、むしろ悪化させるわけです。

信田先生はカウンセラーの仕事とは
 原因を見つけ、犯人を摘発することではなく、生じた問題を解消・解決することであり、
「不登校だった子供が学校に行けるようになること、行けないとしても毎日を楽しく過ごせるように、フリースクールでのびのび暮らせるように援助することが仕事なのです。」
と結んでいます。

詳しくは全文を是非お読みになってください。

「子どもに対してこれだけはやるな!カウンセラーが明かす逆算の育児法」

  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51328 


 信田さよ子先生… 原宿カウンセリングセンターを開設した方で、日本のカウンセリングの草分け的存在です。多くの著書もあります。かつて私も信田先生の依存症についての教育講座に通ったことがあります。先生の講義で、だいぶ自分の問題の整理につながりました…


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登校しぶりの対処② 昼夜逆転はいい!

中三の不登校生の親御さんからの要望を読みました。そこには昼夜逆転を直すように言ってくださいとありました。子供の昼夜逆転は理解しがたいこと、怠けている、社会通念から外れており、ただでさえ、不登校で不安なのに、さらに昼夜逆転とは…と悩まれてのことだと思います。

私も不登校時代、昼夜逆転の生活を送りました。
そういえば私も親に苦言を呈されたことが。

うしろめたさを感じつつ、家族が寝静まったら
ひとり、自室から出て、台所へ行って空腹を満たし、テレビを見、本を読みました。
誰にも会わずにすむほっとする時間でした。
もう学校にいかなくてもすむ時間でしたし。

でも、昼間に部屋から一歩も出ず夜中に活動するわけですから、
伯母から「それじゃ結婚できない」と言われたと親から聞かされ、
両親共々に「それなら、どろうぼうと結婚すればいい」と笑われました。
親たちは軽い冗談のつもりだったようで、
その時は自分も一緒に笑いましたが、内心は結構きつかったです。

ところで、

網谷由香里さん(佐倉心理総合研究所理事長)の
「登校しぶりの対処」の記事の中で
昼夜逆転への誤解を述べられています。

要旨をまとめます。

不登校の子供に必要なもの
    子供は大きな不安を抱えているので
    「支える人」と「安心できる場所」が必要。
     ・それも、時間、空間を自由に使え落ち着く環境であること。
     ・空間を制約するのはよくない
         例えば「この場所でなら休んでいい」など限定すること。

大切なのは…
 時間や空間の制約から解放する。
   (制約して回復できるなら、学校へ行っても回復できるはず)
登校しぶりのサインが出たのは…
    学校での制約された時間と空間感覚では回復できないから。


 昼夜逆転のメリット
   昼夜逆転は当たり前の現象
    日中の騒がしい中では、不安や罪悪感が出てきて回復しにくい。
    無意識に朝寝て夕方起きるように体のリズムが変わってくる。

社会常識に照らして不登校の子をみてはいけない。
   「早起きする子は頑張っている子」「勉強する子はえらい」など。
    社会常識に合わせて体調がよくなるくらいなら、
                      はじめから不登校にならない。

心の治癒にとても大切な条件とは…
    ・周囲に自分を支えてくれる人がいる。
    ・どこにいてもいい。
     いつまでも何をしてもいい…本当にそう思える場所がある。

学校に行かないのは子供のわがままなのか?
   ・子供の心が回復すれば自分から動き出す。
   ・基本的に周囲が過度に引っ張るのはよくない。
      鳥が孵化するイメージ。
       卵の中のひながくちばしで殻を割る音が聞こえたら
                      周りが手伝うようなイメージ。



周囲の支えが大切
   言葉かけのマニュアルはない。
   マニュアル通りの言葉をかけられれば…
      子供はかえって傷つくかもしれない。

子供は好きなことをしているように見え…
   実は子供はこもりながら、一生懸命心の治療をしている。
   ゲーム・漫画、その他の遊びなど。
      その子にあったさまざまなこと…
        「夢中になってやること」で心の治療が進む。


周囲の人は心が治癒するイメージを持つことが大切。
子供のすべてを受け入れ、見守ってあげる。


…以上。



夜中は落ち着きます。
誰もいない、静謐な空気中で、自分の気持ちが安堵したのを覚えています。

周囲の人は「将来どうなるのか」と不安を抱えるのが正直な気持ちでしょう。
子供も不安なのです。
親の不安が子供には見えてしまい、子供の罪悪感を煽り回復を遅らせます。

無理して登校できるようになることもありますが、
しかし、それは、病気で具合の悪いまま動くようなもので
かえってこじらせ、
大人になってから引きこもりになるなど、問題の先送りにつながるケースがあるそうです。

↓網谷さんの提言の覚書です
登校しぶりの対処①考え方へ



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登校しぶりの対処①…考え方

登校しぶりの対処についての
網谷由香里さん(佐倉心理総合研究所理事長)の記事を読みました。


登校しぶりの対処ですが、
不登校児童の捉え方としてもあてはまると思います。
まとめてみました。

原因
  いじめは引き金で、勉強の問題、家族に何かを訴えているケースがある

周囲の大人たちの「しがちな行動」
  子供を動かして早めに学校へ行くように促す
   これは…
    〇子供の心の回復を遅らせる。
    〇回復していないのに、無理して学校に行き続ければ…
      成人した後、引きこもらざるを得ないようになる人もいる。

不登校の状態を回復するために…
  〇「安心できる場所にこもる」ことが必要。
    十分回復すれば自分から動き出す。
 
昔は…
  登校を促したが、
現在…
  生活環境が異なる。「無理やり動かさないこと」
 

大人が、子供を誘導してしまう理由…
  強い不安…
   〇学校にずっといけなくなる。
   〇社会生活が送れない子供になる。
   〇周囲の目も親の不安を煽る。

親の不安が子供を追い詰めてしまう。
   〇親は口では「無理しないで休んでいい」と言いながら
          「早く学校へ行かないかな」と思ってしまう。
    〇親の本心を子供は敏感にキャッチする。
     子供は「学校に行かないと親を悲しませる。」
        「でも行けない。」「つらい。」罪悪感をもつ。

身体と同じように心にも治癒力がある。
    年齢が低いほど高い治癒力がある。

それがなかなか発揮できない…
  理由の一つが親の不安。
   親の不安
     ↓
  子供を追い詰め
     ↓
  子供の罪悪感が増す
     ↓
  子どもの治癒力が奪われる
     ↓
  心の傷はなかなか回復しない

子供の心の状態
   登校しぶり=無意識のブレーキ=「止まれ」の状態。
   無理にアクセルを踏めば…
    とりあえず動くが「ブレーキを踏んでいる」状態で踏み続けるのと同じ。
    いずれ壊れてしまう。
無理に学校に行かせないこと。
   危ないことがあるから、子供は「ブレーキを引いた」。
   自分を守る無意識の行為。
   だから、止まらなければならない。

登校しぶりは、子供が「健康に生きていくためのチャンス」
   「ブレーキをかけた子供」は自分を守る力がある。
   むしろ、危ないのに「ブレーキをかけない子供」の方が深刻。
          ブレーキをかけない人は、本当に危ない。

子供は回復する可能性が十分にある。
   体も具合が悪いときにちゃんと対応すれば症状は悪化しない。
   心も同じように対応すべき。
     登校しぶりのサインの段階で十分に休み、心の回復を待てばよい。

ブレーキを引いた理由は必ずある。
止まることで、子供の治癒力が働き回復できる。

この記事の続き…
「登校しぶりの対処②昼夜逆転はいい!」へ





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ゲームで心の応急手当

不登校の子が、ゲームばかりをする…それに不安を覚える話をよく聞きます。
フリースクールの方に伺うと、心配いらないとのアドバイスを聞くのですが…すぐに納得できません。

それについての裏付けともいえる番組を見ました。
以下その内容です。

ETVスーパープレゼンテーションの再放送を見ました。
心理学者のスピーチでした。(好評で何度も再放送されてるようです)

「心にも応急手当てが必要だ」  ガイ・ウィンチ
ニューヨークで活躍する心理学者でセラピストのガイ・ウィンチが登場、心の応急
手当ての必要性を訴える。失敗して悩んだり、拒絶されて孤独感にさいなまれたり.
.....誰もが経験する心の傷。しかし、ウィンチによれば、こうした心の傷を手当て
する方法を身につけている人はほとんどいないという。心も体と同じくらい大切に
メンテナンスする必要があると語るウィンチ。プレゼンでは、手軽にできる心の応
急手当ても紹介する。
(NHKのホームページより)

まとめるとこんな内容です…
心も体と同じように傷つく。
 体は傷つくと手当をする。
 心の方が体よりもきずつきやすい。
 ケガしたらすぐに絆創膏を貼るし、
 骨折したら手当をする。
 でも心は傷ついたら「気のせいだよ」「そのうち治る」と放置する。
 心はつらければ体に影響が出る。


ある中年女性の話
 彼女は離婚後、やっと立ち直り、ネットで知り合った男性とデートした。
 収入もあり、自分に気もありそうだ。
 最高におしゃれをし、初めて男性と会った。
 ところが、デートの最後に「ごめん」と男性に言われて去られた。
 拒絶されたショックで
 女性は”友達”に電話したら
 「あなたお尻が大きいし、話もつまらないわ」と言われた。
 なんてひどいことを言うのか…

 実は…これは彼女自身が自分に言ったことばだ。

 心が痛い時は自分に優しくして自尊心をまもらなくてはいけない。
 ところが、自分で自分にひどいことを言い続けさらに傷つく。

一番悪いのは失敗を反芻すること。
 
 何度も何度も失敗を繰り返し思い浮かべ実感する。
 悪いことを反芻するのは、傷口に塩をぬりつづけるのと同じだ。
 
 でも止められない。

悪いことを反芻しないようにするにはどうしたらいいか。
簡単な方法は
 思い出しそうになったら別のことを考えるようにする。
 統計によると2分間気持ちを反らせば反芻が止まる。
 例えば、スポーツや映画など集中できることをする。
 もっと手軽にするなら携帯ゲームやスーパーの品物の陳列順を思い浮かべる。
 何でもいい2分間気持ちを他にそらす。

……以上が印象に残った内容です。

冒頭の話に戻します。
 登校の子がゲームばかりをするのが心配
 それに対して
 不登校の専門家は
 ゲームをしながら回復をしています。
 だから好きなだけやっていいですよと答えてます。


先ほどの心理学者の話で更に納得できます。
 ゲームをすることでその間は
 悪いことを反芻しないですみます。
 学校から離れた不安感、哀しさ、自分をダメだと思う。
 暗く、揺れ動く自分。
 自分で自分を責めて自尊心を傷つけます。
 自己評価の低下。
 ゲームをする間は、他に気持ちをそらせます。
 自分の傷口を広げないですみます。





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拒食症は生への無意識の拒絶

私は思春期の頃、必要以上に痩せていました。

小学校6年生の時は体重は42キロありましたが、中3の時は35キロになってました。
のどがつまって食べられないのです。
ウエストは55㎝。
でも、やせているほうがいいと思ってたので気にもしてませんでした。
高校生の頃、同級生に病弱な子がいて、二人で出前のざるそばを1時間かけてやっと完食したことがあります。 
口の悪い人にはおもしろがられて「摂食児童」と呼ばれたり、
ふざけて「チビガラ」と呼ぶ壮年もいました。おもしろいことを言うなと思いました。
今思うとひどいけど、私は鈍いですね。

20歳の頃はある男の人に「自分の娘は恥ずかしがって体重をおしえてくれない(くらい太っている)よ。女の人は太ってないと魅力が無い」 と思いやり深く言われたことも。ダイエットじゃないとわざわざ言う気も起きませんでした。誤解されたっていいやとなげやりな気分です。

でも、食べられない。
「あの痩せ方は異常だ」言う伯母がいて母親はそんなことはないと言い返したそうです。

なぜか、家族から離れると食欲がわきます。
もっとも、自分の傾向性は根本から変わらないので長くは続きませんが。

その後、体重が30キロになるまで食べられなくなったことがあって…大変でした。
今は40キロを越えてますが、なぜ回復したのかよくわかりません。
ただ、家族からは完全に離れました。

たまたまこの本を見つけました。


この本でアリサ(仮名)という女の子の事例が紹介されています。カウンセラーである筆者とアリサのカウンセリングの軌跡がしるされています。ずっと家族の中で心配をかけず、手のかからない子でいたアリサ。それが10歳になったころから食がどんどん細くなり、やがて唾液を飲むのも拒否するようになり入院し筆者のところ来ました。

人は精神的に屈託を抱えた場合、その屈託を認識できなくても、体は反応するようにできているようです。

なぜ、そうなったのか本人にも家族にもわからない。
内科に行っても異常は見つかりません。
また、精神的なものだからと言われて、精神科に連れて行っても「食欲がでる薬」を与えるだけではよくなりません。きちんとしたカウンセリングを受けないと回復はしません。

カウンセリングをしても本書に登場するアリサのように期間がかかります。
それは、クライアントはもやもやした「形にならない」不安を抱えているからです。カウンセラーはそれに寄り添いながら解きほぐす作業をします。箱庭療法をしたり、話をひたすら聞いたり、本人が自ら回復するのをじっと待たねばなりません。その過程では薄氷を踏むようなセッションの日もあります。カウンセラーが信用を失いかけることも。

でも、だれにも回復する力はあるのですね。それを引き出すために、水をやり、肥料を与え、あるいは、卵が孵化するイメージでひなが中から殻をやぶろうとしたとき初めて手伝う…そんなじっと待つ姿勢が必要なようです。

私は、自分の拒食症の原因をあまり分析しません。どうしても家族、家庭環境が関わってきそうだからです。今さら誰をどうこう言う気にもなれません。お互いさまの面もありますし。でも、この本を読んで拒食症は生への無意識の拒絶反応かな思いました。私は当時生きることへの興味がなく、思春期の頃は自殺を願い、その後も消極的自殺願望がかなり後まで消えませんでした。この本でおぼろげながら心の整理が進んだような気がします。

  


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澤口俊之「発達障害の改善と予防」

筆者は「発達障害は脳機能障害ー前提はこの科学的事実だけで十分です。…障害されている脳機能を適切な方法や環境で向上させればいいだけの話です。」
発達障害は遺伝子の影響である、「生まれつき」は事実だが、だからといって「生まれつきだから改善できない」というロジックはおかしいと…。
こう明快にされながらも、本書は慎重な記述をしています。


それは、
実際の改善法は子どもごとに臨機応変に対応することが改善の要であるからだそうです。
つまり、同じ方法でも、子どもごとに工夫する必要があるし、その方法を使えない子もいる、その場合別な方法を採用しなければならないということです。




また、8歳未満の子どもは効果が早く出る。脳の発達の段階からそれ以降は難しいと述べています。
(筆者は出版後更新のブログで「8歳未満」と表題で書かなかったのはミスだったと述べています。しかし、本文では何度もしつこいくらいに8歳未満を繰り返しています。)

そこまで読むとこの本にちょっと失望しそうになりました。

私の周囲の子は8歳以上の子も多いです。また改善方法にある数カードゲームが有効と言いながらも、大まかなやり方の説明はあっても子どもによってやり方は変える必要があり、その個別のやり方をしないといけない、たがえると効果が無いとあるので…結局澤口先生に面接しないとわからない…これでは、何も参考になりません。

しかし…
著者の挙げている方法は日常ですぐできることばかりです。学齢に合わせて、スキンシップ、箸を使わせる、食事の際の「いただきます」と、言うまでの「おあずけ」状態を保つことが脳に重要だとか、誰にでも出来ることもあげています。
高価な教材、道具など一切不要です。
相談に来た親ごさんも拍子抜けするそうです。でも、言った通りにすると改善する。

その日常的なことが脳の発達になぜ有効かを詳述しています。
しかも気張らずゲーム感覚で楽しめとか。

9歳以降での改善は難しいのは事実でしょう。しかし、こちらの対応に自信はもてます。お仕着せでなく、その子の様子をみながらできることはやってあげたいと思いました。
(最近は著者の教育相談に9歳以降の子どもたちを受けることが増えているそうです。この著書にも9歳の子の例が「難しい」とお母さんに伝えた上で紹介されています)

意外だったのは早期幼児教育と発達障害の関係の記述でした。

筆者の言う「非科学的な幼児教育」をしたら「発達障害は(遺伝でなくても)つくられる」とあります。
フラッシュカードやパイリンガル教育についての記述は興味深いです。親としては子どもにいいと思ったものは「何でもしてあげたい」と思いがちです。しかし、子どもによっては有害になることがあると。実際、著者の教育相談に来た子どもの中に発達障害と同じ行動をするが検査すると脳に障害がない子がいました。そんな子どもの共通点は非科学的な幼児教育だったと紹介されてます。
「年齢別育て方」の章でそれらが詳述されています。
他にもTVゲームは6歳未満ではどんなゲームも脳の発達にマイナスであるなどあり、7歳以降は使って良いが攻撃的なゲームは避けてどんなゲームが脳の発達に有効か等々、年齢で区切られておりわかりやすいです。

また、勧めながらも出来ない場合のエクスキューズの方法も述べているのに温かみがあります。
例えば子供は母乳で育てた方がいい、しかし母乳の出ない場合は過度に悩むのはマイナスである、人工ミルクでどういうものを選べばいいか等と具体的な方法も述べています。


本書の引用はなるべく控えました。
それは著者は「繰り返しになりますが」とことわりつつ何度も同じ内容を述べるからです。そこに著者が自分の論述がどんな人にも通じるようにするための苦慮が見えます。私が簡略、引用しその著者の苦慮を壊すことは避けたいと思いました。

筆者はフジテレビ「ホンマでっかTV」に出演しているユニークな先生です。この先生がライフワークとして発達障害児の教育相談を続けていられたのをこの本で初めて知りました。読んでいるうちあの「テレビでの口調と同じ」と感じました。
この本に登場した教育相談で著者と面談したお母さんは「テレビよりも強烈な個性を感じる方」と言ってます。

澤口先生は教育相談で子どもがくると、先ず部屋に入ってきてどんな行動をするか、また、子どもにHQテスト(どんなテストかは本書で詳述)をしてもらいながら、その時の様子も見る、座っていられないなどテストを受けられないタイプの子には別な方法を考える等、臨機応変に対応しています。このように「個々の様子をみないとわからない」との思いがあるから、この著書はまわりくどさ(失礼な言い方ですみません)が必要になったのだと思います。





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「無神経な正論」へ反論…良書






 世の中にはもっともらしい正論がたくさんあります。
例えば…
 子供が学校などで不登校等で適応できないと「親の愛情不足」と簡単に言われること、
友達がたくさんいるのはいいこと等です。
 それらは自分の現状に合わない、でも反論しにくい、正論です。
 それで自分の感覚の方がおかしいのかなと思います。
 この本の著者小栗正幸氏は現場の人です。それらの「無神経な正論」に対してきちんと反論しています。
 この著者は教育テレビのハートネットTVで初めて知りました。
 番組は子供の家庭内暴力がテーマでした。当事者のお母さん方が多数登場して現状を語っていました。
 中でもあるお母さんが「子どもの暴力が始まったらとにかくその場は逃げる」と発言した時、
「子供の頭が冷えるまで出かけるのはいいことです」
「暴力をふるう子も落ち着いて話を聞くと暴力をやめたいと思ってます。」
「親子共々同じことを思っているのですよ」
  等と話に具体性があり、その口調にとても温かみがありました。

 それでどんな人なんだろうと思いこの本を見つけました。

 この本は非行化した子供達について多く触れていますが、辛い状況に陥ったどんな子にもあてはまる内容です。その子どもたちが立ち直るためには何が重要か。それは傷つけられた自尊感情を回復させることだと述べ、回復への具体的なアプローチが詳しく説明されています。
 
 冒頭で述べた世間では「正しい」はずなのに違和感を感じる正論への実態を交えた考察もありました。具体例も挙げられており、その内容はとても納得できました。

  読んでからだいぶ経ちましたが今でも機会があるといろんな人に勧めています。
  小栗正幸氏は前・宮川医療少年院院長 宇部フロンティア大学臨床教授 特別 支援教育ネットワーク代表(NHKハートネットHPより)

↓上記の本の内容で、心に響いたことをまとめました。
「親の愛情不足」…簡単に言わないで ページへ



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「親の愛情不足」…簡単に言わないで

 
 子育てがうまくいかないとき、よく「親の愛情不足」と言う人を見ました。

 以前は私もこの言葉がもっともらしく聞こえて抵抗できませんでした。

 しかし、釈然としません。

 では、どうすればいいかと言えば…実に抽象的です。
 「もっと子供に寄り添って下さい」とか
 「もっと子供の気持ちを受け止めて下さい」と通り一遍の言葉しかでてきません。
 お母さんたちは、そんなことさんざんしたのに…。これ以上どうすればいいのか
…私の産み方が悪かったのではと人知れず悩み、悲しみ…そして現状を見ると逆らえない言葉。

 この言葉は不毛であると言い切り、現状をよく見て、その現状に寄り添う具体的な対処を見つけるべきだという提案をこの本で読みました。

  いくつかの例が紹介されてました。
  子供に愛情を持てないと自分を責めているお母さんがいました。
  その子が発達障害だったとしたらどうかと。
  そうとは気づかず子育てをすればほとんどが思い通りにならない失敗体験ばかりになります。
そして自分が駄目だから子育てがうまくいかないと疲れ切り、無力感に陥ります。そして自分は愛情不足ではないかと落ち込むわけです。

  愛情不足と抽象的な言葉で断じるのではなく、そのような子にどのようにすれば効果的か、具体的なアドバイスと勇気づけや励ましがそのお母さんの現状を好転させるのです。

  また、料理を全く作らないお母さんがいました。いったんは愛情不足による育児放棄と判断されそうになりましたが、実は料理のスキルがまったくなかったそうです。
  包丁の使い方など料理の基本のスキルをつけることから改善したそうです。

 本書は「親の愛情不足」と言われて傷ついた親御さんは多いと結んでました。

 私も愛情不足と言われて傷ついたお母さんを知っています。

 本当に「親の愛情不足」は不毛な言葉です。

 こちらあでも、この本については↓でもふれています。
「無神経な正論」への反論
 



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