村上春樹著「約束された場所でunderground2」で、一人ひとりをもっと強くする教育について語られています。 
 
 話の中心は村上春樹著「約束された場所でunderground2」ですが…
 
 まず、前置きです。

 私は村上春樹氏の作品が好きですが、「アンダーグラウンド」は
地下鉄サリン事件の被害者の方々の証言を集めたもの…内容が重くて…読むのが辛い気持ちになりました。それで手に取っても結局もとに戻す、そんなことを繰り返していました。



 先月、大学の国文学科の先生から、村上春樹の作品でおすすめは何かといわれたら「アンダーグラウンド」ですと伺いました。この本を読むと今まで当たり前と思っていた日常、景色が違って見えると。ものの見え方が変わる本…その言葉に背中を押されて読みました。
 読むのに時間がかかりました。被害者の方たちの後遺症、苦しみは今も続いているはずです。周囲の「いつまで言ってるんだ」との対応に傷ついている人たちもいて何とも言えない気持ちになりました。

 ここから「約束された場所で」について…

 さて、それでは加害者側の人たちはどうなんだろうと。なぜ、あんな大事件を起こしたのかわかりません。それで
オウムをやめた人、続けている人など証言を集めた「約束された場所で」も読みました。

 

約束された場所で (underground2)
村上 春樹
文藝春秋
2001-07-01


 事件当時はマスコミの「正義感」に振り回され、オウムに対して嫌悪感しかありませんでした。

 
 当時、オウム信者は駐車違反で逮捕されました…世論はオウムなら駐車違反でも捕まえていいと…オウム以外にも拡大適用される不安もありましたが…その声はテレビが繰り返す「正義感」の放送にかき消されました。

 最近、年配の方にこの事件の話をしたらいまだにあの報道のままの嫌悪感をむき出しにします。オウム側の証言集「約束された場所で」は読む必要が無いといわんばかりで取りつく島がありませんでした。テレビの影響はすごい…。テレビの意見が自分の意見になっている。自分もテレビばかり見ているとそうなります。テレビは感情の装置と言う方がいますが、その通りです。

 私が、世間の風潮に比較的従わないのは不登校というマイノリティにいたせいでしょうか。世間で言われているのと自分の見ているものが違う経験が多々ありました。だから、あの報道の洪水に振り回されたのは否めませんが冷めた目もありました。 

 オウムの施設に警察が大々的に入ったのを生中継されたのはゴールデンウィークのさなかだったように思います。テレビをつければ必ず「オウム」でした。連休中はオウム漬け。
 
 サリン事件犯の中には高学歴の人も目立ちました。その人たちの履歴も事細かに報道されました。私は当時中学受験塾に勤めてました。自分の仕事がああいう事件を起こすのに何の歯止めにもならないと思い、塾の先生をやめたくなりました。まあ、連休が終わると、テレビを見る機会が減り頭が冷えましたが。

 その当時の様子は森達也著「A3」に詳しく書かれています。マスコミの人たちは当時
オウムについて書けば売れ、放送すれば視聴率がアップするので「オウムバブル」と呼んだことや、その後、微罪での逮捕対象者がオウム以外にも拡大し行われるようになった事実が記されています。この本は著書が現在の日本と同じものを感じ危惧して、特別にネットで公開されました。(2019年4月当時)
 

A3
森 達也
集英社インターナショナル
2010-11-26




  ここから…不登校について…我田引水かもしれませんが…。

 「約束された場所で」の証言集の巻末に村上氏と河合隼雄氏の対談がありました。非常に興味深い内容でした。

 このような事件を起こす人を出さないために、河合氏は「一人ひとりをもっと強くする教育」が必要と言い、不登校の子供が「十万もおる」のは「ずいぶん進歩して」と不登校を評価します。

 それに対して、村上氏が自分も「学校が嫌い」と応え、話題は「自由」について移ります。

 自由のコワさを知っている子供、そんな子供は強い子供になれるのではないかと。自分の頭で考える子供になる。

 以前、オルタナティブスクールを選んだ親御さんから子供が自由の素晴らしさとコワさの両方を学んでいると伺ったことを思い出しました。

 河合氏はこれを学ぶのが「教育の根本だ」とこの対談で言ってます。こういう教育こそ、行動の歯止めができるのではないかと。だから不登校、意図せず、結果的に長いものに巻かれない子が増えたのを河合氏は「進歩」と評価したのかもしれません。

 どのような話の運びで河合氏からその発言が導き出されたか、少々長いですが引用します。終わり部分は特別な人が起こした事件ととらえない見解の引用です。この捉え方は同じ事件をおこさないための問題提起だと思います。

  (アンダーラインは私がつけました。)
 
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村上
…世間の人は「あんなエリートがどうしてオウムなんかに」って疑問に思うわけですが、そんなのはぜんぜん不思議じゃないです。彼らは様々な理由によって、広い現実世界ではなく、ミニチュア疑似世界のエリートになっただけなんです。たぶん広い世界に出るのが恐いからじゃないかと思うんですが。そういう人たちはどんな小さなところにも必ず出てくると思います。
河合
そういうものを出さないためには教育をちゃんとしなくてはならない。今の教育はぜんぜん駄目です。一人ひとりをもっと強くする教育を考えないかんです。それでもね、学校に行かない子供が十万もおるなんて、やっぱりこれはずいぶん進歩してきたんです。それを文部省が許容しているというのは、文部省もずいぶん変わってきたんです。
村上
それはいいことですよね。僕も学校嫌いだから。でもね、この前どこかの調査…日本人の好きな言葉を選ばせると、「自由」というのは四番目か五番目くらいなんですってね。僕はなんといっても「自由」がいちばんなんですが。…
<中略>
村上
でも、そういう意味では日本人は本当に自由を求めているのだろうかって僕はときどき疑問に思ってしまうんですよね。…
河合
いや、日本人にはまだ自由というのは理解しにくいでしょう。「勝手」ちゅうのはみんな好きやけど。自由というのは恐ろしいですよ。
村上
だからオウムの人たちに「飛び出して一人で自由にやりなさい」と言っても、ほとんどの人はそれに耐えきれないんじゃないかという印象を持ちました。みんな多かれ少なかれ「指示待ち」状態なんです。どこかから指示が来るのを待っている。…
河合
それこそフロムやないかと、「自由からの逃走」やね。だから小さいときから、自由というのはどれほど素晴らしいことでどれほど怖いことかというのを教育することが、教育の根本なんですよ。それを本当にやってほしいんですが、なかなかそれができなくてね。でもまあこれはね、うまいことやったらできるんですよ。…じょうずな先生は子どもを自由にさせるんですね。子供にやらすんですよ。そしたら子供はけっこうちゃんとやるんです。変なこともちょっとずつやるけど、変なこともさせておいたりしてね。
村上
僕はなるべく暇をみつけて裁判の傍聴をするように心がけているんですが…あれだけ多くの被害者の皆さんにお目にかかって僕なりに激しい怒りを感じてはいるんですが、それでもなお(犯人たちに)哀れさというのはしっかりと残ります。
河合
それは日本のたくさんのBC級戦犯の人たちについても言えることですね。
村上
結局システム問題ということになるのかもしれない。でもああいう、命令を狭義に集約的に与えてそれを実行させるシステムというのは、大きくも小さくも自然にできちゃうんですね。それは僕にとってはすごく怖いことです。そうしてそんなノウハウがぱっと出てきて、比較的短い期間に、あらがえないくらいがちがちに固められてしまうのか、それは謎です。そういうものの存在を好む力が自然に、あるいは自縛的に働いているとしか思えないところがあります。本当に戦犯の問題に似ていますよね。どのように裁いても、必ず問題は残るでしょうね。
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 この対談部分は他にも深い内容が語られ読みごたえがありました。興味がわいたら、是非、「約束された場所で」を読んで下さい。

 


余談
私は村上春樹氏と河合隼雄氏の対談を「村上春樹河合隼雄に会いに行く」を読んで好きになりました。







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