不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

2019年02月

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

不登校…世間体に負けないで

私が、
大学受験資格検定(現 高認定試験)に合格とわかった時、

母が

「これで中卒でなくなった」とつぶやくように私に言いました。

ああ、やっぱり、そう思っていたんだ…

私はそんなことのために頑張ったのではないと。
でも、沈黙しました。

母はよく言いました。
「私は子供に特別なことを望んでいない、世間並みでいてほしいだけなのに」
   
家族にも不登校への味方は「私も含めて」いません。

でも、「世間」という言葉は嫌いでした。今も

「世間」とは何?どこにあるのか。見えません。

   何で見えないものにこんなにも振り回されるのか?

「世間」は私を幸せにしてくれるのか?

 そして、私が学校に復帰したら
      「良かったですね」と…ご近所さんに言われ
             
     …それだけで態度が変わった…ように感じました。
    

    …「世間はその程度のものなんだよ。」

         くだらないと、兄に言われました。
         その兄も後年 世間体を振り回すように(苦笑)
さて、今、
不登校児童の多さが表面化し、以前よりは世間的に認知されたされたようですが…

私の感触では
不登校への認識はまだゼロに近い。

私が感心する塾の先生がいます。
思いやりがあり、褒め上手です。
たまに不登校のオファーがきます。
その先生に「不登校の子は親が変わってますよね」と言われたことがありました。
やんわり否定しましたが…。


教えるのに熱心な若い先生がいます。
不登校の小冊子を
「興味なかったら他の人にあげて下さいね」と
遠慮がちに渡しました。
「いや、読みます」と快く受け取ってくれました。
ただ、会話がかみ合いません。

理由は
不登校児童には何らかの問題があるはずだとの前提がその先生にあったからでした。

この先入観は一般的なことなんですね。
不登校の子は特別な変わった存在…
意地悪な言い方をすると…
そう片づけた方がラクなんでしょう。

不登校に限らず
世間は理解できないことがあると「特別」に分類し、思考停止します。

当事者も
不登校のサロンで、あるお母さんに
「不登校の子とそうでない子の違いは何ですか?」と問われたことがあります。
私の教え子には両方います…その子たちの顔を思い浮かべて
ちょっと考えましたが、

どの子も悩みを抱えて生きている…
「ありません」と答えました。
自分の子は特別ではないかと思う…そのお母さんを責められません。
私もそうでしたから。


「世間とは何だろう?」
「不登校は少数派で、それは本当に不幸なことなんだろうか?」
「ほかと同じになることが幸福なのか?」

私はそんな疑問をもつお母さんたちが好きです。

世間に負けないために…
納得できる不登校のコミニティをみつける。
どこのコミニティがいいか相性もあるので軽々に言えませんが、
とりあえず東京シューレのような見識のあるコミニティがいいと思います。
そこから近所のコミニティを教えてもらうなど手があります。

くりかえします。
「世間」に負けないために、「孤立しない」…ですね。


私と一緒に勉強したい方は

「痛み」とは何か…ペインレスとキズナイーバー

小説「ペインレス」を手にしたときと、アニメ「キズナイーバー」を教え子にすすめられました。
 両方とも心と体の痛みがテーマです。このタイミングは…ちょっと不思議…。



 アニメ「キズナイーバー」の主人公の少年、阿形勝平(あがたかつひら)は体の痛みがなく、理不尽な暴力にも抵抗しようとしません。学校に謎めいた少女、園崎法子(そのざきのりこ)が転校してきて、なぜか勝平にからんできます。

 法子は学校の七人の少年少女が、痛みを皆で分け合うという「キズナイーバー」になり、夏休みの間、実験を行うと告げます。
 その目的は一人の痛みを皆で分けることによって、理解し合い、平和な世界はできないかということでした。法子も含めた8人の少年少女を中心に話が進みます。


 自分が殴られると痛みは減り、他の子は何もないのに急に痛みを感じます。分散しているのでひどくはないですが。そして、体の痛みだけでなく、心の痛み迄共有するようになってしまいます。一人が失恋すると他の子にも伝わってしまう。秘めておきたいことまで共有するのは…きつい。

 実験はこじれる前に終了します。その後もキズナイーバーだった少年少女たちは反発しながら友達としてつながろうとするストーリが続きます。

 やがて、勝平がどうして体の痛みがなくなったかの謎がわかります。

 勝平は幼いころに同世代の子供たちと、同様の人体実験の被験者の一人だったと明かされます。彼は忘却していたわけです。

 その時の実験で、皆の痛みがある少女一人に集中してしまう現象が起きてしまいます。
 急遽、実験は打ち切られました。その少女こそが法子であり、今も彼女は痛みを集めており、その激痛をおさえるため太い注射を打ち続けています。勝平の痛みは今も法子へ移っている…。

 ところが、法子はそれら痛みを拒否しません。彼女はとても孤独でした。皆の痛みを集めることだけに自分の存在価値を見出し、幼いころの人体実験の失敗を認めません。そこからまた新たな事件が起きるのですが。

 興味深いのが、過去の実験の被験者たちが痛みが無くなったら、感情がなくなり抜け殻のようになってしまったことです。彼らは社会復帰ができず現在も実験施設に保護されています。その中で辛うじて社会復帰できたのが勝平でした。

☆☆☆☆

 確かに痛いとか辛いとかはいやだけど、これを感じることは生きていることなんですね。こういうことはあまり考えたことはありませんが…そんなことを考えさせてくれる良質なアニメです。

 




 小説「ペインレス」は生まれつき心の痛みがない女性、万浬がヒロインです。心の痛みがない人は社会から疎まれ、精神病院などに隔離され、あるいは自殺する現状があると語られます。

 小説には登場しませんが、医療関係の友人から聞きましたが、生立ちで辛い目にあい、心の痛みがなくなって育つ人もいるそうです。

 万浬が幼いころ母親は他界します。父親は再婚し、妹が生まれます。

 祖母により万浬は社会に適合できるように理性的に育てられます。しかし、恋をされても独占されるのを嫌い、手ひどく相手を切り捨てます。

 妹はそんな姉が奔放に見え憧れ、姉の手ひどい行動を踏襲しますが、その代償は大きく、精神に異常を来たしてしまいます。父は姉妹を会わないようにしなかったことを後悔し、継母は万浬を怖れ何年も会わない状態が続いてます。

 祖母は学者で、万浬の精神構造を熟知しているので、「私が死ぬときは悲しんだふりをしてね」と頼み、死後の身じまいを万浬に託すなど冷静に接します。

 彼女は自分はどんな存在なんだろうと追求しつづけます。

 事件に巻き込まれて体の痛みを失った男性に興味をもち会います。

 また、家族を皆殺しにした元少年犯罪者が、自分の仲間ではないかと会います。
 通常、少年犯罪者はプライバシーが守られているので会うのは困難ですが、彼女は心の痛みがないからこそできる手段で会います。彼女は元少年を思考の幼い人間で、会いたい同類の人間と違うと判断します。

 その後、心に痛みを感じない理性的な人間、亜黎(あれい)が存在したことをしります。すでに彼はいませんが、彼に多大な影響を受けた人から話をききます。

 ここで万浬の行動の動機が語られます。
「...ただ自分のほうが本当に異常なのか、なぜ周囲の者と同じ感覚を持たずに生まれたのか、それは生物学的に意味があるのかないのか・・・幾つもの疑問に対する答えを求めてもいました。また、自分のような存在がほかにもいるだろうかという好奇心もありました。あるいは死を選ばすにいたのは、亜黎さんほど賢くなかったからかもしれません。一方で、時代の変化もある気がしています。その度合いなりも、狭く、低くなっているのを感じます。つまり、わたしが自分のことを特別と感じずに済み、周囲からさほど特別視されずに済む状況が増えています」

亜黎の存在を教えてくれた人は
「それは・・・亜黎のような人間が生まれる可能性が増えている、ということかね?」と問います。

 万浬は
「逆でしょう。自分の痛みに敏感になり過ぎて、意識的に、また無意識に、わずかな痛みも遠ざけたい、という心理が働いているのだと思います。そのため他者が痛がっているのを見聞きすると、同情するのではなく、不快に感じる。なぜ我慢しないのか、なぜこっちにまで痛みを押しつけてくるのか、と。痛みを外へ向かって訴えかける人間や集団には、苛立ちのあまりに攻撃的になることさえある。だから、互いの痛みを理解し、より痛みの少ない社会の構築を目指すこととは逆に、自分たちを取り巻く状況に対して、恐れやおびえだけで反応することが常態化しつつある・・・亜黎さんの言われた進化の芽を育てるのとは、明らかに反対方向へ後退しています」

 さて、祖母が他界し、その遺産のことで父親が久しぶりに万浬に会いに来ます。
父は娘に通じないと知っていながらも苛立ち、、こう言わずにはいられません。
「...きみが新しい人間のモデルだとか、心に痛みを感じない人間が増えたら世界はよい方向へ変わるなんて考えに、根拠があるかね?いまの世界のとげとげしさだって、実は心に痛みを感じない人が増えてきているからこそなんじゃないのか」

すると、万浬は
「痛みを感じない人が増えているのではなく、自分の痛みを理解してほしいと、心の内で叫んでいる人がふえているからでしょう」と応じます。

 そして、祖母の遺言を淡々と遂行します。この動じなさはちょっとうらやましい…。

 世の中がますます悪くなっているのは、むしろ痛みを感じる人こそ、他人の痛みに自分は巻き込まれたくないので、見ないふりをする人が増えていているからだと著者は万浬に分析させます。

 …厳しい内容です。


 小説「ペインレス」は心の痛みがない人たちを排斥する、痛みのある人間の無慈悲さを感じます。こちらの方は痛みを感じる側の人間に問題をつきつけてきます。

 それは「見ないふり」です。自戒をこめて…

追記:「ペインレス」は官能的な部分が多く、それを天童氏はTVで「作家の腕のみせどころ」とおっしゃってました。天童氏の作品でなければ終りまで読めたか…読んだ直後は何だったのだろうと考えたくなる…。ひと月近くたってからやっと自分なりに感じたことがまとまりました。本来なら共感しにくいヒロインに共感してしまう…やはり天童氏はすごい。



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