アンドリュー・ワイエス(1917~2009)アメリカンリアリズムの国民的画家で日本でも根強い人気があります。

 そのワイエスは不登校でホームエデュケーション育ちと知りました。

 私は詩情あふれるこの人の絵が好きです。
 最初にワイエスの絵を見たのは京都展でした。そのとき印象に残ったのは、暗い森の中で木の根元に咲く見逃してしまうくらい小さな白い花の絵でした。それから、暗い室内から外が見える窓辺の白いレースのカーテンが風で室内に吹き上がり、見えた窓外の景色が美しい絵も印象的でした。ものを切り取る視点が新鮮でした。
 その何年か後、日本で開催されたワイエス展は化粧っ気のないドイツ移民の女性の肖像画の作品がほとんどでした。

 Eテレの「日曜美術館」によると
 ワイエスは子供のころ病弱で内気、周囲の子供に馴染めずほとんど学校に行くことができませんでした。母親はワイエスに家庭教師をつけ、ホームエデュケーションにしました。

 当時のことをワイエスは孫ビクトリアさんのインタビューにこうこたえています。

「家族の中でいちばん小さい男の子で健康ではなかったので家にいました。」
「午後はすべて自分の時間でひとりで丘を歩き回りました。」
「おかげで感情豊かに育ったのです。」

移民の絵を多く書いてます。
慣れぬ土地に移ってきてたくましく生きている人たち。

学校に馴染めぬワイエスが共感をもって描いたのは
アフリカ系移民の姿でした。
白人社会から切り離され白人が足を踏み入れない集落へワイエスは頻繁に出入りしました。
これがワイエスの描きたかったアメリカだったと番組では述べてました。

家族や友人が近づかなかった人たち。
ワイエスは環境が違っても自分と似ている人たちと付き合いました。

アメリカを作り上げた移民たちは平等ではないかと作品の題材にしました。
そういうことを描く画家はワイエスが最初だっったそうです。


最高傑作と言われる「クリスティーナの家」
実物は日本にも来て私も見ました。

img_0 ワイエスはクリスティーナの家にアトリエを借りました。

ワイエスのインタビュー
「クリスティーナは妻の友人でした。」
「妻との長年の付き合いもあって彼女は私をあたたかく迎え入れてくれた。」
「すぐに打ち解けて『この家を我が家だと思ってください』と言ってくれたんだ。」
 この絵は…
 たまたま、ワイエスは外で用事をすませ家に帰ろうとするクリスティーナを見ました。足の不自由な彼女は手で草原を這って進んでいました。不自由な体で力強く生きてきた彼女を描きました。彼女の力強さを表現するため手のデッサンがたくさん残ってます。
 自分の共感するものを描き続けたら、それが普遍性をもった…

 冒頭でも書きましたが、Eテレの番組で、ワイエスが学校にほとんど行かなかったとナレーションされ、
 ワイエスも不登校…
 そのおかげで感情豊かな子供に育ったとワイエス自身が述懐してました。感情豊かになる…いいですね。