不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

2016年06月

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

我が子の不登校を受け容れるとは

我が子が不登校になったときお母さんはどうするのか。

最初は行かせようとしたが、ひと月で「学校へ行かなくてもいい」と思うようになったお母さんの話を伺いました。

その短期間なことにいたく感心したのですが、 

お話を聞いているうちにそんな生易しいものではないとわかりました。


はじめは逆風

学校から「過度な期待を子どもにしていなかったか」と
「お稽古事、塾などをさせ過ぎていなかったか」などなど質問されます。
その子の場合はそんな事実はなかったのですが…それでも
いろんな先生に何回も同じことを聞かれます。
学校にそのつもりがなくても、それは、お母さんの落ち度さがしです。
どんなお母さんもそう言われれば責められたと思います。
ただでさえ、我が子の行動が想定外で辛いのに。

欠席するときはその都度、連絡をして下さいと学校から要請されます。

結局、毎日しなければならなくなります…
昨日今日で子どもに大きな変化があるわけありません。
連日の連絡となると…苦痛です。
それを学校は分からない。

 
子供は学校に行かない、
学校からお母さんに落ち度が無いかと言われ、
毎日連絡を入れなくてはならない。

四面楚歌です。

そんな中で
先生をしている知り合いの方が「学校へ行かなくても道はあるよ」と言ってくれました。
でも、当時のお母さんには聞こえていても、心に入らなかったそうです。

そのくらい追い込まれていたのでしょう。

やがて、
うちは「普通じゃないんだ。」と思うようになった、
それを「あきらめ」とも表現されてました。

そして先ほどの「学校へ行かなくても道はあるよ」という言葉が心にストンと落ちます。
同じ悩みを抱えるお母さんたちとコンタクトをとれたのも良かったそうです。

学校は昔に比べ権威が無いと言われますが、果たしてそうでしょうか。
先生という存在に、やはり権威は残っています。
親の落ち度をさがす言説に「上から目線」を感じます。

権威のいうことは絶対に聞こえます。

つもりは無くても、結果的に責めています。
学校側に自覚して頂けたら、どんなに助かるか。
先生方の言葉は結構、きつく聞こえます。

ひとつの学校に不登校に理解がある先生がいるのは、よくても一人。
それが、お母さん方から聞く実感です。
先生自身のお子さんが不登校でも…理解が感じられないとも。
(「先生のお子さんに不登校が多いですよ」と聞いたこともありますが。)

こうなると、我が子の生活、存在を守るため、学校の先生に距離を取らざるおえません。

だいたい不登校の原因なんて、学校の言うような単純なものとは限りません。
本人もわからない場合が多々あるのですから。

たとえわかったとしても学校の先生との意思の疎通は難しいこともあります。
随分前の話ですが、
ある小学生の男の子が不登校になりました。
お母さんはその頃亡くなったおばあちゃんの死が不登校の引き金になったと判断しました。
でも、そう説明しても学校の先生は
「自分のせいではないか」と思ってお母さんがいくら否定しても受け付けません。
真面目な先生なんでしょう。
でも、お母さんはほとほと困ってました。
余談ですが、その男の子は、ニュージーランドに留学したお姉さんの勧めで一家でそこへ移住しました。海外だからいいかどうかは単純に判断できませんが転地は効果的な面もあります。


さて不登校の理由を見つけるのは徒労に終わることも多いと思います。

とりあえず不登校は寄り添う以外にありません。


私が不登校だった頃
母は、休むたびに頭痛だの腹痛だのウソの理由を学校に電話しました。
私のいた中学ではもうひとり保健室登校の男子がいました。
その子を見かけただけで、コンタクトはとりませんでした。

母親はなんでも子どもに話す無邪気な人でしたので無神経なことを私に言いました。
親戚に「嫁に行けない」と言われたとか、
同級生のお母さんに道端で会って「お若いのにね…」と言われてくやしかったとか。

中学1年の時に家庭訪問で来られた先生の方が良かったです。
「家にこもってないで、どこか旅行に行ったら」とか、
「お母さんが何でもやってしまうからよくないんじゃないか」とか。
今思うと、
この先生の、提案は療法ですね…
不登校当事者は学校を行けない罪悪感が強く、ありえないと思いました。


不登校の原因なんて子供毎に違います。
だから、
私は自分が不登校経験者であっても他の不登校の子に「分かる」なんて言いません。

何にせよ、安易に原因探しをしないこと。
親を責めないこと。子どもを追い詰めないことを願います。






 私と一緒に勉強したい方は

他と違う・変わっているって悪い?

「他の子と違うからかわいそう」
こんな言葉が悪気なく言うのをよく聞きました。

キーワードは「同じは良いこと」
違いを受け付けない…。
私たちは「他の人と同じが良い」と飼いならされてます。
だから違うのは悪いことではないと感じる前にその芽をつまれてます。

金子みすずさんの詩の中に
「みんな違って、みんないい」というフレーズがあったと思いますが、
これにいたく感動したら、
アメリカの人に「なんで?」と不思議がられたそうです。
アメリカでは当たり前のことなんですね。


差別はアメリカもいろいろあります。
でも、アメリカは問題が表面化するから健全です。
表面化するのは「おかしい」と思う人がちゃんといるからです。

ところが日本は差別があっても「なかったこと」にしちゃう。
「おかしい」と思う前につぶされます。
あるいは「言わない方がいい」と自粛する。
そしてもめ事をさける。

この方が怖いです。

認識しないから自省もできません。


アメリカの差別の事件を聞くと
「アメリカは大変。日本はそんなことない」とほっとします。
私も子供の頃はそうでした。

テレビ「痛快!林先生の生き様大辞典」(2015/02/17放送)で
林修先生が大リーグのダルビッシュ有さんへの子供のころの日本の差別についてふれたとき、パネラーの人たちが「(今の日本は)そんなことない」と安心するかのように言いました。それに対して林先生はそうじゃないと「日本の差別は執念深い」と、とても深い表現しました。

以前、こんな記事を読んだことがあります。
あるインドの人が日本人が突出した人を差別するのを見て
「カースト制よりもひどい」と言ったと。

子供の頃、歴史でカースト制を習ったとき、
日本はそんな制度がなくて良い国だと無邪気に思いました。
だからその記事が意外でとても印象に残りました。

それに、カースト制にはこんな面があります。
カーストの最高位バラモンは最下層の人でもなれると。
スードラ(奴隷)出身の大臣もいました。
カースト制は思ったよりずっと風通しがいいようです。

日本の差別の基準は…
「目立つ」「突出する」など
他の人と違うこと。
外見や行動も対象になるから油断できません。

突出しちゃいけないのです。

差別されないよう、目立たないように萎縮してしまい、
自分がいつ差別される側になるかもしれないおそれもあります。

「あの人は変わっている」は日本では基本的にマイナスの意味です。
論理的には「変わっていること」は悪いことでないですが…
日本の暗黙の了解。


差別の気持ちは人間の習性らしく、簡単になくならないけど、人間の弱さです。
その弱さと闘うために自分の中にも「差別する気持ちがある」という自覚が必要。
そこから「おかしい」と言えるようになり、問題を表面化させることへ。
そこから始まります。






  私と一緒に勉強したい方は

澤口俊之「発達障害の改善と予防」

筆者は「発達障害は脳機能障害ー前提はこの科学的事実だけで十分です。…障害されている脳機能を適切な方法や環境で向上させればいいだけの話です。」
発達障害は遺伝子の影響である、「生まれつき」は事実だが、だからといって「生まれつきだから改善できない」というロジックはおかしいと…。
こう明快にされながらも、本書は慎重な記述をしています。


それは、
実際の改善法は子どもごとに臨機応変に対応することが改善の要であるからだそうです。
つまり、同じ方法でも、子どもごとに工夫する必要があるし、その方法を使えない子もいる、その場合別な方法を採用しなければならないということです。




また、8歳未満の子どもは効果が早く出る。脳の発達の段階からそれ以降は難しいと述べています。
(筆者は出版後更新のブログで「8歳未満」と表題で書かなかったのはミスだったと述べています。しかし、本文では何度もしつこいくらいに8歳未満を繰り返しています。)

そこまで読むとこの本にちょっと失望しそうになりました。

私の周囲の子は8歳以上の子も多いです。また改善方法にある数カードゲームが有効と言いながらも、大まかなやり方の説明はあっても子どもによってやり方は変える必要があり、その個別のやり方をしないといけない、たがえると効果が無いとあるので…結局澤口先生に面接しないとわからない…これでは、何も参考になりません。

しかし…
著者の挙げている方法は日常ですぐできることばかりです。学齢に合わせて、スキンシップ、箸を使わせる、食事の際の「いただきます」と、言うまでの「おあずけ」状態を保つことが脳に重要だとか、誰にでも出来ることもあげています。
高価な教材、道具など一切不要です。
相談に来た親ごさんも拍子抜けするそうです。でも、言った通りにすると改善する。

その日常的なことが脳の発達になぜ有効かを詳述しています。
しかも気張らずゲーム感覚で楽しめとか。

9歳以降での改善は難しいのは事実でしょう。しかし、こちらの対応に自信はもてます。お仕着せでなく、その子の様子をみながらできることはやってあげたいと思いました。
(最近は著者の教育相談に9歳以降の子どもたちを受けることが増えているそうです。この著書にも9歳の子の例が「難しい」とお母さんに伝えた上で紹介されています)

意外だったのは早期幼児教育と発達障害の関係の記述でした。

筆者の言う「非科学的な幼児教育」をしたら「発達障害は(遺伝でなくても)つくられる」とあります。
フラッシュカードやパイリンガル教育についての記述は興味深いです。親としては子どもにいいと思ったものは「何でもしてあげたい」と思いがちです。しかし、子どもによっては有害になることがあると。実際、著者の教育相談に来た子どもの中に発達障害と同じ行動をするが検査すると脳に障害がない子がいました。そんな子どもの共通点は非科学的な幼児教育だったと紹介されてます。
「年齢別育て方」の章でそれらが詳述されています。
他にもTVゲームは6歳未満ではどんなゲームも脳の発達にマイナスであるなどあり、7歳以降は使って良いが攻撃的なゲームは避けてどんなゲームが脳の発達に有効か等々、年齢で区切られておりわかりやすいです。

また、勧めながらも出来ない場合のエクスキューズの方法も述べているのに温かみがあります。
例えば子供は母乳で育てた方がいい、しかし母乳の出ない場合は過度に悩むのはマイナスである、人工ミルクでどういうものを選べばいいか等と具体的な方法も述べています。


本書の引用はなるべく控えました。
それは著者は「繰り返しになりますが」とことわりつつ何度も同じ内容を述べるからです。そこに著者が自分の論述がどんな人にも通じるようにするための苦慮が見えます。私が簡略、引用しその著者の苦慮を壊すことは避けたいと思いました。

筆者はフジテレビ「ホンマでっかTV」に出演しているユニークな先生です。この先生がライフワークとして発達障害児の教育相談を続けていられたのをこの本で初めて知りました。読んでいるうちあの「テレビでの口調と同じ」と感じました。
この本に登場した教育相談で著者と面談したお母さんは「テレビよりも強烈な個性を感じる方」と言ってます。

澤口先生は教育相談で子どもがくると、先ず部屋に入ってきてどんな行動をするか、また、子どもにHQテスト(どんなテストかは本書で詳述)をしてもらいながら、その時の様子も見る、座っていられないなどテストを受けられないタイプの子には別な方法を考える等、臨機応変に対応しています。このように「個々の様子をみないとわからない」との思いがあるから、この著書はまわりくどさ(失礼な言い方ですみません)が必要になったのだと思います。





 私と一緒に勉強したい方は
/>

60年前…「ひきこもり」の不幸

不登校も引きこもりも、そういう言葉さえがなかったころ。
60年以上前の話です。

出社拒否の男の人がいました。

今で言えば「引きこもり」です。

認識の全くない時代でしたので
その人へは「やってはいけないこと」を周囲は沢山しているのですね。
そして、最悪の結果を招きました。

「昔のことだから」と簡単に片付ける気にはなりません。

現在は昔に比べて「引きこもり」が認知されてますが、
それでも「わかる人」たちにアクセスしない限り
同じ過ちをする可能性は大きいと思います。

その男の人は
学生時代は勉強もスポーツもでき、
母親自慢の息子だったそうです。
父親は一流企業の役員です。

有名私立大学を卒業後、父親の会社と同系列の一流企業に入社しました。
すべて順調でした。

ところが、
会社へ出勤するようになると「吐き気がする」と帰ってくるようになり、
とうとう会社を辞めました。

そして…ずっと家にいるようになります。

両親は結婚をすれば立ち直るのではと
男の人は結婚をします。
子供も生まれました。

趣味でカメラをたしなみ、自家用車も与えられお嫁さんが子供の送り迎えに運転しました。
外側からは贅沢な生活をしているように見えました。

でも、自立できません。

引きこもり生活が10年に及びました。
男の人は30才を過ぎました。
子供は6歳に。妻は不安をもらし…。

父親は心臓に持病を抱え、養わねばらない息子を責めました。
「お前を殺して自分も死ぬ」と口癖のようにいいました。
母親はかばいました。

家族はやっと男の人を入院させました。
そして、男の人は病院を抜け出し、命を絶ちました。

たまたま近所の子供がその頃の男の人を見たそうです。
夕刻、その家族の家の前の坂道で遊んでいたら、
白いシャツにズポン姿、素足に下駄をつっかけた男の人が立っていました。
そのときの男の人のうつろな顔が忘れられないと言います。
その子が目の前にいて見上げてるのに気づく様子もなかったそうです。

家族の嘆きようは大きなものでした。
父親は死ぬまで息子の腕時計をし続けてたそうです。


不登校は若ければ若いほど回復力があります。
不登校ならまだ、間に合います。


出社拒否で周囲の認識もなく不幸な結果を招いたこの事件を悼みます。







私と一緒に勉強したい方は

こんな教材はどうかな?補数スゴロク

rabit1 数を受け付けない算数が苦手な子に、計算問題をたくさんさせてもそこに強制が少しでもあると算数に苦手意識が増して、逆効果になりかねません。  

 それで、先ず数を好きにさせるため、算数をも楽しませたくて作りました。
 (スゴロクは左下のボタン、PDFファイルでご覧になってください。)

 たすと10になる数字の組み合わせを覚えると計算がラクになるのでExelで作りました。駒はボタンとか小さくなった消しゴムとか身近にあるものを使いました。絵をふんだんに入れて楽しくできるようにしました。その子はウサギのぬいぐるみを大事にしていたのでウサギの絵をふんだんに入れました。

 使い方は、ひとつのサイコロをふって1が出たら9コマ、2が出たら8コマ…その都度10からひいて計算して進みます。  サイコロは6の目までなので、7・8・9はスゴロクのマス目に記入しました。そのマス目に進むと7・8・9の補数の計算をします。

 すぐに計算できない子はあらかじめいっしょに計算をして答えを紙に書きだしました。それを見ながらでもいいのです。

 大事なのは無理に答えを言わせるのではないようにすること。

 先生とどっちが先にゴールするか競争です。これを使ったら子供が私の来るのを待ちかねてサイコロを用意して喜んで自分から計算をするようになりました。

 教え子の好きなウサギの絵を使ったものです。
"補数スゴロク”

私と一緒に勉強したい方は
ギャラリー
  • 家庭教師 生徒募集サイト ご案内
  • 学校と社会性は関係ない…不登校セミナー クリスタルマジシャン、ミシェルさん
  • 学校と社会性は関係ない…不登校セミナー クリスタルマジシャン、ミシェルさん
  • 学校と社会性は関係ない…不登校セミナー クリスタルマジシャン、ミシェルさん
  • 最先端の教育とは~多様なマナビのかたち 竹内薫さん×茂木健一郎さんのトーク
  • 最先端の教育とは~多様なマナビのかたち 竹内薫さん×茂木健一郎さんのトーク
  • 「起立性調節障害ってなーに?」パンフレット
  • 「起立性調節障害ってなーに?」パンフレット
  • プロ家庭教師 生徒募集詳細