不登校の子、勉強のわからない子のためのプロ家庭教師です

困っている子のために

When one door is closed,many more is open. 「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ」ボブ・マーリー
元不登校で共感力が強い家庭教師です。
家庭教師歴20年以上 大人の目線で見ない、世間の見方に流されません。 その子の道が必ずあります。

2016年01月

 不登校、学習障害とくくるのは抵抗を感じます。
 ひとりひとり、全く違います。
 それぞれのお子さんの様子をじっくり見て、その子に合う方法を見つけます。授業後にお母さんとたくさんおしゃべりして、いい勉強法を見つけることも多いです。
 子供たちは色んな人の目で、色んな角度で見てあげたいですね。私もその一人です。

励ます時、したいこと

  これは身内を亡くした人にたいするものですが、その専門医のアドバイスは人への接し方の基本とも思えました。
  以下その内容
本人の励みにつながる励ます側の態度とは…
〇してはいけないこと…
   「助言ばかり」 
   「回復を鼓舞する」 
   「すぐ『分かる』という」
〇したいこと…
   「同じ境遇の人が集まる」
   「本人が話す機会を作る」 
   「そばに居る」
  これは子供たちに接するときも、参考になります。
  特に「本人が話す機会を作る」が大切です。大人は子供に何かを相談されると、ついアドバイスをしなければならないと思いがちです。でも、自分自身を振り返ると、本当に相談して良かったと思える人は話をさえぎらず最後までじっくり聞いてくれる人です。
 これは意外に難しいです。
 自戒もこめて。  



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言葉が世界を生成する…ロマン

素敵な文章に出会いました。

言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなく、

私たちの世界を生成していくものであるという内容です。

こんなエピソードが紹介されてました。

授業中に先生が学生に

「皆さん、窓の外を見てください。青空がありますね。

……しかし、青空はないのです。『青空』という言葉があるのです。」

(丸山圭三郎 言語学者・フランス文学者の講義より)


晴れた日に、空気の層を見上げると青く見えます。

それを「青空」と呼ぶといろんなイメージが浮かびます。

たとえば…

「気持ちがいい」とか、「すがすがしい」とか、

「青空」の場合はプラスのイメージが多いですね。

これも言葉のちから。





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進学先への報告書…先入観を与えない工夫

教え子の学校への報告書、
進学先から提出するように言われたそうです。
先生がその子の特徴を予め知っておけば
スムーズに授業ができます。

私は学習面を
依頼されました。
ワードからPDFに変換すると
入力間違いが見つけやすくなり助かります。
そして…
見直す度に言い回がきつくないかと心配になり、表現を何度も変えました。

特に苦慮したのは
不得手なことの伝え方です。
得意なことばかり書いたら、ラクですけど役に立ちませんし。


でも無造作に「出来ない」と書いたら、
新任の先生に先入観を与えてしまい、
その先生が「出来ないんだ、じゃあやめた方がいいかな」なんて
思ってしまうかもしれません。

それに
誰だって、出来ないことばかり書かれたら傷つきますよね。
そんなの読んだら親御さんだって悲しくなります。教え子も傷つきます。

その子は新しい解法等が心にストンと落ちるまでの期間が必要です。
繰り返し練習しても受けつけないので、やめて次の内容へととばしたことがあります。
すると数か月後に久しぶりに挑戦すると簡単にできる…なんてことがありました。

報告書の不得手なことの後ろにその具体的な事例を加えました。

今、出来ないからとダメだと決めつけられないと。

…さて、その報告書を親御さんに送信しました。

数時間後
何度も読みましたと感慨のこもった
温かい返信がきました。
ほっとしました。

諦めないことの大切さを私もこの子から何度も学ばせてもらいました。

新年度もガンバロ。


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基礎にもどらなくてもいいときも…

中学の数学が出来ない場合はどうしたらいいか。
 
 それが文字式だったら、小学生レベルに戻る必要はないです。
 数に文字が加わるだけで、計算自体は小学生と変わらないからです。
 
 文字式ができないのは…
 「文字で計算する」という概念がのみこめないからだとも考えられます。
 私も初めて文字式を習ったとき…
 文字と文字を計算することがなかなかピンときませんでした。
 だってAとAを足したら2Aなんてすぐに理解できたでしょうか。
 最近も「なんで文字が足せるの?」教え子からこんな言葉をききました。
 まっとうな疑問ですよね。
 多くの子が出来たのは納得しなくても、「言われるままに作業」をしたからに過ぎません。
 いやな表現ですが「余計な」質問をしない方が無難ですし。
 
 そこでつまづいた子に
 単に「できない」からと機械的に小学生レベルに戻されたら…
 「自分は出来ない子だ」とその子のプライドを傷つけてしまいかねません。
 これは避けたいことです。

 また、新しい概念を受け付けるまで時間を要する子供達もいます。
 その子たちは同じことを何回も聞きます。それは「記憶が点と点」だからです。
 教える側はその点と点がつながり面になるまで待つことが必要です。
 たとえ、その子が計算が得意であっても
 小学校では「計算は数字でするもの」と習っていたのですから文字式は今までとは約束が違います。
 これは考え方を変える「軌道修正」ですね。これがその子たちには難しい。

 そんな子たちが一桁の簡単な文字式でも出来ないのは不思議ではありません。
 文字式自体を受け付けないのですから…
 困って答えに関係ない数字と文字を書くこともあります。
 このあたりは見極めは難しいのでしょうか。
 その根拠のない答えを見て、計算ができないと誤解して
 小学校の計算の宿題をドット出す先生もいます。
 数字だけの計算が得意な子は嬉々としてやりましたが…う~ん、時間のムダ…
 
 文字式ができない場合は基礎に戻った方がいいかどうかは確かめたいですね。
 

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苦手科目好きになったよ

塾の講師をしていた頃の話です。

ゴールデンウィークも過ぎた頃でした。
塾を「卒業」し、高校進学した
子供たちが数人
久しぶりに塾に遊びにきました。

陸上部で中の良い男子グループです。

それぞれ別々の高校へ進学してました。
色んな種類の真新しい制服を皆着ています。
子供たち同士も会うのもたのしそうでした。
職員室で、それぞれの近況の話で盛り上がっていました。
その様子を傍らで私も嬉しく、眺めていました。

すると中の一人の子が

私に
「先生」

話しかけてきました。

「先生のおかげで国語を好きになったよ」

ちょっとびっくりましした。
彼は数学が得意で、国語はそれほどではありませんでした。
他の先生が「彼は数学はできるが、国語は苦手だ…」と言うのを聞いてます。

私はそんな彼の国語を担当しました。
彼の国語の成績はあまり伸びませんでした。

だから、彼の思わぬ言葉にびっくりしました。
「どうして。役に立ってあげられなかたのに…」と。
すると彼は
「だって、先生は僕のことをあきらめなかったじゃない」

この彼の言葉に
何が大切かを改めて教えてもらいました。

この仕事をしていていろんな失敗もあります。
もう少し何かできたのではと落ち込むこともあります。

そしてこの出来事を思い出して自分をはげまします。
彼のこの言葉に仕事の大切な根っこをつくってもらったと思います。






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「東と西1」より 森絵都著「東の果つるところ」

東と西 1
いしい しんじ
小学館
2009-12-01

最近の作家さんとくに、西加奈子さんの小説を読みたくて手に取りました。
西さんの作品「猿に会う」
何気ない日常が描かれ、会話が生き生きとして楽しめました。他の作品も読みたいです。

ところが、収録作品の中で特に強烈だったのが、
森絵都著の「東の果つるところ 」でした。

設定は変わっていて、ヒロインの一族は、結婚する相手は、例えば「田中 実」のように名前の文字が左右対称であることが、結婚の絶対条件になってます。それを破ると不幸になると怖れられ、左右対称でないものと結婚しようとすることは一族と縁を切って結婚することになります。

そんな設定にしたことで、家族とは何かを考えさせられる物語になりました。
左右対称文字でなくても、どの家族にもなんらかの独特の縛りがあるかもしれません。

ヒロインはその縛りから抜け出そうと悪戦苦闘します。
女優となり、自分の左右対称の名前をきらい、芸名は左右非対称にします。
一族の縛りを嫌い、自分の好きな人と結婚し、家族を持ちたいと願います。
そして、ある俳優と恋をします。
ところが、婚約後、その俳優の本名が左右対称と知り、ショックを受け、婚約破棄してしまいます。
その後もいろいろあり、
最後に、ヒロインはお腹に子供を宿します。
しかも、ヒロインは不治の病で子供を産んだ後は長く生きられません。

その子どもへ
自分のたどりついた家族に対する考えが独白の形でつづられます。
この物語の圧巻はここからはじまります。

「人間の背後には必ず過去があり、過去の中心には家族がいる。
そんな現実を知るにつけ、私の中に居座っていた家族願望は急速にしぼんでいきました。
今は思います。人は家族よりもむしろ他人を大切に生きるべきではないか、と。
家族は選べない。けれど他人は選ぶ ことができる。家族の数は限られているけど他人は無限に開けている。

外の世界へ踏みだせばごまんと他人がいる。何者にも縛られることはありません。もちろん私にも。」

「多くの他人を愛し、多くの他人に愛され、呪も縛もないおおらかな生をまっとうできますように。 」

 何かというと、家族はいいもの、どの物語も家族ができてめでたし、めでたしになる、それが定石です。
でも幸福は多様です。そこから外れた人は不幸でしょうか。
有無を言わせぬ価値観に囲まれてあえて反論をするひとは少ないと思います。
この物語のヒロインは家族を離れ、自分の新しい家族をつくろうと必死になります。
そして最後にたどりついたのが、「他人は無限に開けている」でした。
家族にこだわらない「おおらかな生をまっとう」することを願うようになります。
縛り、縛られるのではなく、自分で選んで自分で開いていく人間関係。いいものかもしれませんね。



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カリキュラムは最大公約数「発達の速度は違う」

人はその人のスピードで発達します。

早い人もいればゆっくりな人もいます。

学校のカリキュラムは
この学年は具象概念を中心に履修しようとか、
抽象概念の勉強はまだ早いとか。
子供の発達にそって組んでいるかと思います。

余談ですが、
以前、幼児教育会社の説明会で「蟻」とうい漢字は幼稚園児もよく覚えると聞いたことがあります。
つまり、身近に蟻がいれば、実体(具象)と文字(抽象)がむすびついて難しい漢字も覚えるというわけですね。もしかしたら「蟻」は覚えるけど、「義」は意味が抽象的で幼児は覚えないかもしれません。


話を戻します。そのカリキュラムに対して
修得の早い人もいるし、ちょうど良い人もいるし、ゆっくりな人もいます。
当然ですね。
人間は工業製品ではないのですから。
ところが、早いと褒められ、ゆっくりだと「心配ですね」ということになります。

カリキュラムを厳守すれば、
早い人は分かりきっていることを繰り返され
授業がつまらないでしょう。苦痛になる子もいるかも。

以前、IQの高い友人がいました。
彼は小学校4年生のとき、自分の画を先生に直され、
日本の学校教育はダメだと実感したそうです。
自発的に中学受験をして合格したそうです。勉強も好きだったのですね。
ところが、高校はほとんどいかなくて
久しぶりに教室へ行ったら机がなかったと。
近くの席の子に手伝ってもらい机を運びこんだそうです。
その子と仲よくなったと楽しそうに言ってました。
彼は突出してたので
変わってると言われ続け、社会に出てからも
地球人じゃない…とうとう宇宙人にされました。
いろいろなことで、日本に絶望して真剣に海外に移住することも考えたと言ってました。


ゆっくりな子もつらいです。
「出来ない、出来ない」と言われます。
周囲の人は「自分は一回しか言ってない」と思っても、
結局あらゆる人からそう言われることになります。
すごい暗示になります。
自分には生きる価値が無いと思い込んでしまうことになります…二次障害です。
生き方そのものを負の方へ変えてしまいかねません。
自分の存在を否定されることと闘うため
反社会になったり(非行)、自分を社会から隔絶したり(引きこもり)。
いろいろあります。

修得の早い子の飛び級を認めないのも、
ゆっくりな子を他と比べて『善意で』御心配ですねと言うのも
無邪気で悪気がない分、根が深いです。
(「違いを認めない」参考)

学校カリキュラムは最大公約数です。
管理する側は便利です。
でも突出した子を切り捨てかねません。
そのことを感じられてる方は多く、
カリキュラムの扱いに苦慮されてると思います。


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到達点はない…井村コーチと広上淳一氏の対談から

録画をしてあった、広上淳一氏(京都交響楽団常任指揮者)と井村雅代氏(シンクロナイズドスイミングコーチ)の対談を遅ればせながら見ました。この二人の組み合わせは広上氏が希望したそうです。感銘したことを覚書も含めてまとめました。

対談のテーマは教育。

井村コーチのポリシーは
①悪いところを指摘し、叱る。
②どうすれば直るか具体的に教える。
③直ったか確認する。

 決して叱り放しにしません。良くなるまでしつこく繰り返し教えるそうです。

失敗したことを考えるより、成功するためにどうするかを考える。

自分自身も考えすぎない。
トレーニングの後、帰りの車中ではシンクロのことを忘れ、疲れないようにする。
御自身はそのような「排除能力」に優れているそうです。
考え込みそうになると「堂々巡りだ」とパッと止めるそうです。

一番怖いのは…
同じことをすること。
「そこそこ」教えられるがそれは足踏みをすること。
毎日チャレンジしたい。
達成感を得られる場所へ選手を連れてってやりたい。

テレビのニュースなどでは選手を叱咤する場面がほとんどです。
しかし、それだけでは選手があんなについてくるわけはありません。
まして、井村監督は言葉の通じない中国の選手も育てあげたのですから。
ところで…
中国の監督に就任した時は裏切り者扱いをされました。しかしその目的はやっと認められた日本のシンクロの美的感覚を一過性でなく世界スタンダードにするために海外(中国)に出たそうです。未来を見据えての行動でした。

広上淳一氏は
NHKの紹介では「のだめカンタービレ」で飛び跳ねてタクトをふる小柄な指揮者、片平元が登場しましたが、そのモデルではないかとのことです。ちなみにそのドラマでは石井正則さんが演じました。広上氏は最近は、あまり飛び跳ねなくなったそうですが。

広上氏も若手に教えています。
心がけていることは、
①その場でほめる。
②失敗も大事。経験により、失敗しても慌てなくなり、次はどうするか考えられるようになる。
  

子供の頃は転校が多く、転校先によって同じ自分なのに人気者になったり、いじめの対象になったりしました。
そこで学んだのは自分の意思をまげてまで相手に媚びる必要はないということでした。


広上氏は日本の教育の失敗は
「ここまで行けば後はラクになる」と教えたことだと言います。
本来はそこから開拓するのだと。

…到達点はないということですね。

また、遠回りは悪いことではない。
でも、しなくてもすむように教えてあげたいと。






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出来ることを見つける

随分、前のことですが。

知人に5歳くらいの男の子がいました。
その子は
当時はまだ発音がしっかりしてませんでした。

男の子ならではなのか、女の人が好きで、
男の人にはあまり興味を示しませんでした。

ところがある日
お父さんの友達で学習塾の先生が遊びにきました。
男の先生です。
男の子は絵本をもって嬉々として玄関にとんできました。

後でお母さんにきいたら…、
その先生は以前来た時、
男の子の様子を見て
サ行の発音は苦手だけどカ行の発音ができていると気付きました。
それで、その子にカ行で答えられる質問をたくさんしたそうです。

よほど楽しかったのでしょうね。

得意なことで遊んであげるっていいですね。
その影響もあったのか、男の子は読書好きになりました。


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さかなくんと歴史学者

さかなくんと磯田道史さん(歴史学者)の対談をみました。
(NHKで何回も再放送されました。)

冒頭、磯田氏はさかなくんは自分と同じにおいがすると言います。

二人ともひとつのことに突出したスペシャリストです。
対談の中で、
子供のころから似ていることがわかります。

さかなくんは絵を描くことに夢中でした。
魚介関連に没頭するとっかかりはタコだったそうです。

磯田先生も社会科がとてもできて、
他の成績が芳しくない子供だったと。
しかし、長じて古墳の大きさの関連から数学を勉強し、
古文書を読み解くために古典を学ぶ。
必要になったらちゃんと学ぶものだと述べています。

小学生の頃は石仏の拓本とりに夢中になります。
大して上手な出来の石仏ではないけど、
作られたのが戦乱の時代。
多くの人が死んだのを弔うために
作り続けた人がいる。
そこにシンパシーを感じたそうです。
そんな小学生ですから「おじさん」と呼ばれたそうです。

二人で魚の図解と解説の古文書を夢中になって見る場面が圧巻でした。
かたや魚のエキスパート、かたや歴史のエキスパート。
江戸時代が生き生きとよみがえり、化学反応をみているようでした。
学問の分類、理系と文系という分け方がつまらないものに感じました。

日本で文系理系にまたがる作家は
詩人で科学者の宮沢賢二くらいしか浮かびませんが、
そんな立て分けは日本でしか説得力がないかもしれません。

さかなくんはいじめにあわなかったかとの問いに
多分いじめがあったと思うけど気づかなかったと。
小学生の頃はタコに夢中になりタコの絵ばかり描いてたので
よく「タコ」と呼ばれたと。そう呼ばれても喜んで返事をしてたそうです。

いぜん別な番組でさかなくんは
魚もいじめがあると言ってました。
水槽の大きさに合わないくらい沢山魚をいれるといじめがおきると。

さて、二人が子供の頃、
それぞれのお母さんは学校の先生に同じことを言われました。

これしか出来ない。他もちゃんとしてくださいと。

お母さんの反応は同じでした。

このままでいい。

さかなくんは絵が上手なので絵を習うことを勧められたそうですが、
お母さんは「指導されたらこの子らしい絵ではなくなってしまう」と習わせなかったそうです。



受験のためには
すべての科目を過不足なくできた方が良いのです。
しかし
最終目標は子供の自己実現です。
受験もそのひとつに過ぎません。
そこをはずさないようにしたいですね。

だれもがさかなくんや磯田先生のようになれるとは限らない、特別なひとだとか、
あるいは、こんな成功した人もいるよ、君も頑張れとか、
そんなことを言いたいわけではありません。

大事なのは大人は、目の前の課題をこなすだけに気を取られて
その子の特性をつぶしていないかいうことです。

子供がやりたがらない科目を教えなくてはならないときがあります。
まだ、やりたいことが見つかる前ですから、
何が役に立つかわからないので、やならくていいとも言えません。

そんなとき、
子供が楽しんで学べるにはどうしたらよいかと悩みます。
大人が対応するのですから、どうしても強制の要素は皆無になりえません。
できだけ、その強制の要素を減らしたい。
どんな工夫をしたらよいか悩みつつ、
子供の「好きなことへの萌芽」をみつけるようにしたいです。

子供が少しでも興味を示したら「やらせてあげたい」、そう思わない親はいないとある親御さんに言われました。

子供の好きなことへの萌芽を外さなかったら、この二人のように人生を楽しんでいる大人になってくれるのかな。

追記:磯田先生の作品は、「武士の家計簿」「殿、利息でござる」が映画化されてます。
これからも、独自の研究をしようと思ってたそうですが、熊本の震災で、そんなことやってられない。古文書から過去の震災を調べようと決意されたそうです。観測記録の残る前の記録は災害という長いスパンのことに大きく貢献するのではと思います。熊本出身の方から、400年前にも震災があったと聞きました。早速、磯田先生の古文書を読み解いた内容が広がっているのですね。


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考えること「強育論」から

強育論-The art of teaching without teaching-
宮本 哲也
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2004-03-17


著者の教室では
子供たちに答えはもちろん、解き方も教えない。
教室で解けなければ、
家にもどって考える。
その日に解けなくてもいい。
とにかく、本人に考えさせる。

徹底した接し方です。

著者が学習塾の講師を始めた頃は
丁寧に解き方を教えたそうです。
それで、教師は教えた気になり、子供は分かった気になったと。

それよりも、自分で悩み、頭を使い解き方を見つける。
解けた喜びを知ると、さらに、応用力もつくと。

ところで
最近の脳についての言説は
脳も筋肉なら、考えることで鍛えられるというのが主流です。
応用力がつくのも十分納得できます。

この本のメソッドを生半可に真似はできませんが…。

しかし、
子供たちが考えようとする前に、
簡単に解き方を教えるのは反省しなくては…と思いました。
子供たちに少しでも考えさせる機会を作りたいです。
その方が子供たちの力がつくのならば、
教える側として心がけねばならないことです。

教師の「いいなり」になる子を育てるのが目標ではなく、
答えを「自分で見つけられる」力をつける手助けをしたいですね。




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「親の愛情不足」…簡単に言わないで

 
 子育てがうまくいかないとき、よく「親の愛情不足」と言う人を見ました。

 以前は私もこの言葉がもっともらしく聞こえて抵抗できませんでした。

 しかし、釈然としません。

 では、どうすればいいかと言えば…実に抽象的です。
 「もっと子供に寄り添って下さい」とか
 「もっと子供の気持ちを受け止めて下さい」と通り一遍の言葉しかでてきません。
 お母さんたちは、そんなことさんざんしたのに…。これ以上どうすればいいのか
…私の産み方が悪かったのではと人知れず悩み、悲しみ…そして現状を見ると逆らえない言葉。

 この言葉は不毛であると言い切り、現状をよく見て、その現状に寄り添う具体的な対処を見つけるべきだという提案をこの本で読みました。

  いくつかの例が紹介されてました。
  子供に愛情を持てないと自分を責めているお母さんがいました。
  その子が発達障害だったとしたらどうかと。
  そうとは気づかず子育てをすればほとんどが思い通りにならない失敗体験ばかりになります。
そして自分が駄目だから子育てがうまくいかないと疲れ切り、無力感に陥ります。そして自分は愛情不足ではないかと落ち込むわけです。

  愛情不足と抽象的な言葉で断じるのではなく、そのような子にどのようにすれば効果的か、具体的なアドバイスと勇気づけや励ましがそのお母さんの現状を好転させるのです。

  また、料理を全く作らないお母さんがいました。いったんは愛情不足による育児放棄と判断されそうになりましたが、実は料理のスキルがまったくなかったそうです。
  包丁の使い方など料理の基本のスキルをつけることから改善したそうです。

 本書は「親の愛情不足」と言われて傷ついた親御さんは多いと結んでました。

 私も愛情不足と言われて傷ついたお母さんを知っています。

 本当に「親の愛情不足」は不毛な言葉です。

 この本については↓でもふれています。
「無神経な正論」への反論
 

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主役は子供…要・教育の多様性

過日、公立の小中一貫校についてテレビのワイドショーがとりあげました。
品川区がその代表でした。

導入当時の報道は
学年のカリキュラムに縛られず、小学校から中学校への連続した学びができる、
公立も私立一貫校のよさを取り入れると。そんな内容でした。

ところが、行政が一貫校を導入した理由は
一貫校にする方が小中別よりもお金が少なくて済むということがあったそうです。

なんだ…お金が中心の発想だったんだ…
こんなやり方が常套手段なのですね。
ちゃんと両面の報道がほしいのだけど。
マスコミの報道はつねに裏を読まないと
うのみにしない…リテラシーが必要です。

さて、話をもどします。

当たり前のことですが、
どんなシステムも良い面と悪い面があります。

大事なのは子供を中心にすえて考えることです。
その子を伸ばすために何がいちばんふさわしいのか。

子供は工業製品ではありません。ひとりひとり違います。
誰もが異を唱えないことと思いますが…
こんなわかりきっていることに対して

「学校」という選択肢しかない。
その不自然さを気づかせたのが不登校の子供達の登場です。

その子に合う教育の場を選べるようにすることが理想です。
やってみて合わなければいつでも替えられる自由度も欲しいです。

一貫校でじっくり勉強するのが合う子もいるでしょう。

別の学校の方が良い子もいるでしょう。
例えば小中一貫校では、9年間も同じ人たちと顔を突き合わせることになります。
いじめなどの人間関係に問題があればつらいです。
でも、別なら中学校でリセットでき、新たな仲間を作れる可能性があります。

学校のような一律の集団が苦手で
制約や強制のないフリースクールの良い子もいるでしょう。
不登校の子のために始められた場ですが。
その子のタイミングでやりたいことを見つかるまで待ってくれ
必要になったときは大人がサポートをしてくれます。

どこにも通わず
家庭学習が合う子もいるでしょう。
自分のスピードで自分の学びたいことを学んでいけます。

あらゆる選択肢があり、
あらゆる側面からあらゆる子供に手をさしのべる。

選んだ学びの場によって差別をしない。


最近、国は大学への予算配分を、人文系を削って、理数系を多くすると聞きました。
すぐに儲けられる人間の育成ですね。
(余談ですが…文系・理系と分けるのはナンセンスだという意見もあります)

そこに見える教育は「国の役に立つ」人の育成ですね。

そこに、その子供の特性を伸ばす視点が見えません。

思い返してみると、
戦前から教育システムはずっとそうだったと感じます。
戦時は戦争で戦えるのに有利な体力のある子供の育成に力を注ぎました。
軍国少年がたくさん育ちました。
体力の無い子は役立たずと差別されました。

その差別については妹尾河童さんの著書「少年H」にも描かれています。

出版当時、私はこの本を上巻しか、読んでなかったのですが、
小学生の教え子に下巻の方がいいよと薦められました。
その下巻に軍隊に合わない青年が出てきます。

少年H (上巻)
妹尾 河童
講談社
1997-01

少年H(下) (講談社文庫)
妹尾 河童
講談社
1999-06-15




戦後は企業の役に立つ教育がなされました。
単純に言うと
自己主張をしない、全体の歯車になる人の育成です。
それは、高度経済成長の原動力になり、
公害という矛盾を傍観する教育でした。


自己主張する芽は子供のころから摘みとられました。
自分の意見を言わず周囲を見る子供をたくさん育てました。

自分、あるいは自分の子供が不登校になって
その理不尽さにおぼろげながら気づきます。

不登校の子は国の方針に合わないということですね。

社会に役立つ子供を育てる…それがずっと続いている教育です。

(もちろんそうではないと個人的に頑張っている先生はたくさんいます)

あるべき形は、真逆です。
…社会が子供に何をしてあげられるか…
教育の中心に据えるのは子供です。
そこから始めたないと。


大人のメンツなんてどうでもいいのです。




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興味がわいた時が「旬」

家庭学習をする楽しさ。

中一の数学を進めながら、小学校の未履修の内容が出ると算数を学びます。
それが終わるとまた、数学へ。
いきつ戻りつしながら、少しずつ知識を埋めていきます。
未履修だった内容は
面積や体積、速さの計算など、多岐にわたりますが、
すぐに覚えなくてもいいのです。
同じような問題はまた登場するので、繰り返しながら残ればいいと思ってます。

文字式で
面積はS,半径はr、高さはh、長さL 体積はVなどで表すと説明があれば
「本当にそんな意味なの?」と教え子は自ら英和辞典で調べ出します。
Surface、radius、height、Length、Volume
見覚えのない単語ばかりです。
中学英語では習わないですが、そんなことどうでもいいのです。
興味を覚えたら調べる「自発」が大切です。

漢字の練習をしながら、どうして「ムジュン」は盾と矛なんだと問われました。
故事を物語ったあと、
教科書の古文「矛盾」を開くと、進んで音読してくれました。

興味がわいたときが「旬」。

「自発」を待つ。
動き出したら、補助をする。
本来はこれが一番理想的なんですね。
せっかく学校へ行ってないだからと…無理に型にはめません。



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義務教育、最初の翻訳は強迫教育!


この本は日本の現代史について述べています。
内容は大きく二部にわかれます。
第一部「明治の日本の始まり」は明治時代初期。
第二部「戦後日本の道のりと現代」は第二次世界大戦敗戦以降。
現代の日本の教育と他国との関係に的を絞ってます。
わかりやすい文章で小中学生向けに書かれたようですが大人にも示唆に富んだ内容です。


第一部では、日本の学校教育の成立の背景が
福沢諭吉の「学問のすすめ」を引用しながら詳しく述べられています。
第一章の「なんで学校に行かなくちゃいけないの」…
「学問のすすめ」の有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は平等を言っているとばかり思ってましたが、福沢諭吉の真意は全文を読み通すとまったく違うものだと初めてしりました。
この本の主旨は「人間は平等ではない。学問をしたものが裕福になり、勉強しないものは貧しい下人になる。だから勉強しなさい」というのだ。。
江戸時代、武士の子は武士に、農民の子は農民に、商人の子は商人になる。だからそれに役立つ実学だけを学べばいいというのがふつうでした。ところがそれらの身分を乗り越えられると説く「学問のすすめ」は画期的な存在でした。当時のベストセラーになったそうです。

しかし、それは表向きだけのことだったようです。
学校は「国を強くするため」の国策で誕生したという。

江戸時代、農民は戦争で闘うのは「武士の役目」で自分たちは関わらなかった。
このような農民に武士のような忠誠心はありません。
明治維新の頃を描くドラマでは「農民も武士と同じに戦えるんだ」と希望に燃える農民出身の若者がよく登場しましたが、あれは稀有な存在だったのかもしれません。ドラマとしてはおもしろいですが。

当時のヨーロッパは植民地主義でした。
そのようなときに、忠誠心のない農民たちは国にとって困る存在でした。
国家に忠誠を誓い、国のために他国と闘うことをいとわない人間に育てることが当時の急務でした。
福沢諭吉は他の著書で「国の権威で子供達を学校へ行かせるべきだ」と述べているそうです。
ただし、教育が普及したとき、
最も恐れるべきは「学があって貧しい者たち」である。その中から国家に不満を持つ者がでてくる。
その者が国に平等を要求するような社会運動が起こすのを防がねばならない」といい、その芽を摘むためにあらゆる人に忠誠心をもたせることも学校の大きな役目となります。
その一環で「教育勅語」が作られ、国への忠誠心の大切さを子供たちに暗唱させます。

当時の状況を踏まえた上で、どうしてそのような道を選んだのか、読んでいるあなたは「どう思う?」それを促しているのがこの本のよさだと思います。


学校の誕生した時の、システムは子供の個々の個性を伸ばすことは無視していることがわかります。
「皆同じ」が良く、「他と違う」ことを恐れ、「変わっている」という言葉は悪口と同義になる感覚が思考の底に埋め込まれます。

ところで、
日本の義務教育は英語の「Compulsory Education 」の翻訳で、
始めは「強迫教育」と訳されていたとありました。
改めて調べたら、Compulsoryの訳は強制・義務とありました。「強制教育」とも訳せます。
ちなみに「勉強」という熟語も「強いて勉める」と読めるので…これもかなり強制的なことば…。

第二部「戦後日本の道のりと現代」は
サンフランシスコ平和条約を締結した当時の経緯が詳しく述べられています。
それにより行われた日本の戦後補償のあり方を検証します。
日本が第二次世界大戦で進軍、占領した国々の現在も続く日本への対応がどうして、そうなったのかが分かります。
そこには戦後に始まった冷戦、アメリカ合衆国と日本との戦略的関係が大きく影を落としています。
これを知ると現在のニュースの見方が変わります。


近隣の各国は現代史について学校教育がなされてますが、
日本では学ぶ時間がほとんどありませんでした。

最近、それを反省し、学校で現代史の授業を独立して行う方針が出たと聞きます。
しかし、現代史はまだ利害関係者が多く、客観的判断は難しいです。
否、どれが客観的なのかさえ、判断がつけられないと思います。

教育はこわいです。子供時代に身についた価値観は大人になっても抜けません。

現代史の授業は
今、分かっている出来事を時系列に挙げて
どう読み解くか、「自分自身で思考することの大切さ」を伝えることがもっとも重要だと思えます。

歴史の解釈は学ぶ時代によっても変わらざる負えないです。
アメリカは日本と違って一定年数がたてば、機密資料を公開する制度があります。
新しい資料もこれからもどんどん出てくるでしょう。
それによって歴史も更新されます。
この本でさえ私の読んだのは2003年版ですが、
増補改訂版が2011年に出版されています。今読むなら後者の方がおすすめですね。

大変読みやすい本ですぐに読めますから、興味のある方は読んでみてください。



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ありのままで満点

4人の先生の話を聞いてきました。
先生と生徒の関わりの大切な原点が見えました。

1人目は保育園の新人の女の先生
何をするにも遅い子を担当しました。 
自分でもできないとカンシャクを起こすこともありました。
どうして良いか分からず
次の3つのことをしました。
競争心をもやして頑張れるかと期待し他の子と比べて競争させる
きつく叱る。
いいところを見つけほめる。 
前の二つは悪化させてしまい、ほめることが一番良かったと。

2人目は小学校のことばの教室の男の先生 
小6男子、思うように発言が出来ない子。
担任の先生に不信をもち不登校に。
ことばの教室が担当することになった。
学校に来ないのならと教師が自宅訪問をするように。
好きなことなどの話はするようになるが、学校のことは口をつぐむ。
仲の良い友達と会う機会を作るなどする。
工作が得意なことを知り、作品の作成を勧める。
夏休みに作品を提出する。
しかし、親は「こんな勉強に関係ないことをしていても…」と不安がる。
卒業式には出て欲しいと本人に話すと
中学校に進学したら通うが、卒業式は成り行き次第と答えた。
結果、卒業式に出て、その後、中学校へも通っているとの報告もあった。
家庭訪問は150回以上、親の面談は20回、電話面談は100回。
地道な交流がなされていた。

3人目は小学校の女の先生
新学期、小5の男子に、会った日に「何で先生になったの」ときかれ、
思わず「君に会うためだよ」と答えた。
その子が学校で有名な問題児だった。
体格が大きく、自分の意見が通らないと腕力に訴える子。
授業でも勝手に発言し、他の子の邪魔をするなどルールを守らない。
幼い頃、施設に預けられた。
戻ってきた頃は母親の言うことをきかないようになっており、
父親の体罰でやっと従う子だったと知る。
母親もそのことを認め改善に方向へ。
教師もその子のよい処を見逃さず、時にはみんなの前でほめた。
やがて、体格のよさから他の子を助け守る、みんなのお兄さん的存在になった。

4人目の小学校の男の先生
問題のある子だったが、4年生から6年生になるまでうまく収めていた。
ところが、6年生のとき、授業の邪魔をしたので「教室から出ていけ」と言ったら本当に出て行ってしまった。
教師としての「慣れ」から、関わりが雑になったと反省した。
その後、遊びなども含め個人的に関わり、関係を修復した。

こう記すと簡単に読めてしまいますが、語られた背後にいろんなドラマがあったことがうかがえました。
どれも、子供たちのよさを認めることが原点。「ありのままで満点」ですね。






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自尊感情の側面

自尊感情についてのある教育者の方(すみません!お名前は失念しました。)のよい考察がありましたのでメモとしてまとめました。
二つの視点からの考察
①「自己肯定感」=自分が自分であってよいという感覚。
自己肯定感は自分が安心できるような居場所があって、周囲の大人が愛情を注いでくれる温かい雰囲気の中でこそ育まれる。家庭で「あなたなんて生まれてこなければよかった」などという言葉が冗談でも伝わってしまえば、子どもは自己肯定できなくなる。

②「自己効力感」=自分が環境に働きかけたら、環境が応えてくれるという感覚。
努力したら何かが返ってきて、人のため、社会のために役立つことがいいという感覚で「自己有用感」ともいえる。
 その反対が「自己無力感」で、「どうせ、自分はなにやってもだめだ」という子どもたちは、適切に自分の気持ちを表現できなかったり、何事にも投げやりな態度をとったりする傾向がある。

 この二つの視点だけでも、自尊感情が学習意欲や生き方に大きく関わることは明らかである。現実には、家庭環境などの問題から、子どもの自尊感情が薄らいでいる。家庭・地域・学校などのあらゆるつながりを通し、子どもの自尊感情を育んでいかなくてはならない。

以上、メモです。

 いろんな問題の背後には自尊感情の欠落があるように思います。
 さて、自分も自尊感情が弱い部類に入りそうです。多少褒められても素直に喜べません。逆に不安になる。自信があるふりをしてもそれは虚勢ですし、子供達には簡単に見抜かれます。ですから正直にふるまいます。悩みもあれば、不安になることもある一人間であると。でも、あなたを「応援する」メッセージを送ります。
 若い頃、私が精神的、肉体的にに弱っている時に母は真顔で「お兄さんみたいな(しっかりした)子を(子供達全員分)産めば良かった」と言われたのを思いましました。母も苦しかったのでしょう。でも、これは「自分の子供なら何を言っても構わない」と勘違いしてるのでは。この勘違いはよそでも目撃したことがあります。悪気はゼロ。だからこそ始末が悪い。母からはたくさん愛情をもらったのにこの言葉が印象に残ってしまうなんて理不尽ですね。
 

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不登校から勉強を始めた場合は

何年も学校へ通っていない子の

勉強の進め方はどうしたらよいか。

先生に任せますと言っていただいて嬉しいのですが、

責任をひしと感じます。

忘れてはならない主眼は

その子が困らないようにしてあげること。

学校へ通うのを拒絶しながら、勉強はしなくてはならないと

やっと立ち上がり始めた子にどうしてあげたらよいのか。

その子の様子を見ながら考えます。

今やっている方法よりも、もっと良いやり方があるなら

換えるのも辞さない柔軟性が必要です。

もちろん正直に教え子にその旨を話すことも大事です。





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