上橋菜穂子さんの獣の奏者シリーズを読み終えました。 ※外伝「刹那」を追記しました。

この著者の作品は五官に訴えてきます。
架空の動物、闘蛇と王獣のにおいはもちろんのことその感触、肌さわりも伝わってきます。
お料理も美味しそうですし。

前半は闘蛇編と王獣編、
後半は探究編と完結篇に分かれます。
書かれた時期も離れています。著者は前半で終わりのつもりだったそうです。
でも、のちに後半のイメージがわき書き始めたと。

前半はヒロインの少女時代です。

ヒロインにとって物語は過酷な始まり方します。
しかし、養父と暮らす養蜂農家の生活や獣医師になるための学舎での王獣との生活は生き生きとしており、
また、ヒロインの真実を求める探究心に惹きこまれます。

前半のラストは快く何度も読み直しました。


獣の奏者 I 闘蛇編
上橋 菜穂子
講談社
2006-11-21

獣の奏者 II 王獣編
上橋 菜穂子
講談社
2006-11-21

 
全巻を通して物語の中心的存在の獣(闘蛇と王獣)に関して「恐ろしい出来事がある」との言い伝えが物語の底流にあります。
しかし、それは触れてはならぬ掟です。ヒロインは「恐ろしい出来事」があるとは思えても伝説として伝えられ詳しいことを知らされません。また、その掟を守るために母親は無残な死に方をしました。そうまでして守るべき掟などあるのかと納得できません。ただ怖れ、従うことを断固拒否します。
どんな恐ろしいことがおきるのか、そしてそれを防ぐことはできるのかと探求していきます。
ただ盲目的に従うのを受け容れられません。

後半は王獣編から十一年の時を経て物語が始まります。ヒロインも成長し結婚し、子供がいます。
そして、ヒロインの過酷な運命がまた始まります。

獣の奏者 (3)探求編
上橋 菜穂子
講談社
2009-08-11

獣の奏者 (4)完結編
上橋 菜穂子
講談社
2009-08-11

 物語のスケールが大きく、国家指導者たちが、これが運命とばかりに戦争やむなしの時流に呑み込まれます。
 最強の王獣を操れるヒロインもその戦争にからめ捕られます。
 「恐ろしいこと」が起きるのを想定しながらも、今度は掟や伝説などの脅しにせず事実を伝えて欲しいとヒロインは主張します。運命に翻弄されながらもその運命に負けない強さをもっています。それならできることをしようと決意します。 

読み終わった後もしばらく、このストーリーの世界から出られませんでした。

完結篇の終わりにヒロインの一人息子ジェシを通して平和についてとても的確な表現がありました。
引用します。
「母の葛藤を間近でみることでジェシは戦というものは、ひとりの英明な人の英雄的な行為で止められるものではないことを思い知った。」
「人は群れで生きる獣だ。群れをつくっているひとりひとりが、自分がなにをしているのかを知り、考えないかぎり、大きな変化は生まれない。かつて、木漏れ日のあたる森の中で母が言っていたように、多くの人の手に松明を手渡し、ひろげていくことでしか、変えられないことがあるのだ。」

ヒロインと共に生きた著者だから、このような表現が平易な文章で書けるのでしょうか。

今、日本の民主主義が問われています。
私にもこのジェシの言葉のような自覚が必要です。

追記・「外伝 刹那」を読み終えました。


短編・中編集です。
獣の奏者の登場人物にまた会えるのが嬉しいです。

著者の中にはエリンやイアル、エサルがこのように深く醸成されてたと思いました。

〇短編「綿毛」(文庫書き下ろし)
 エリンの母、ソヨンのひとときの話。
 夫は既になく赤子のエリンを育てているソヨンが描かれてます。

〇中編「刹那」
 エリンとイアルの同棲、結婚、ジェシ生まれるまでの話。
 二人がお互いの立場を理解し、一緒になった覚悟を読むと自分の運命に立ち向かう強さが迫ってきます。
 既に読み終えている本編のこの先の過酷な運命を思うともの悲しくもあります。
 でも、自分の人生をあきらめないことは後でどんな運命が待っているにせよ生きていく上で大切かもしれません。

〇中編「秘め事」
 エサルの若い頃の話。秘めた恋とカザルムで教職につくまでの経緯。
 エサルがエリンやイアルを本編でなぜあれほどまで受け容れられる人だったのかが納得できます。

〇短編「初めての」
  ジェシが二歳の頃のほほえましい話です。