この三、四年、上橋菜穂子さんの本が何冊も出版されていたのに気づきませんでした。著作は全部読んでいたつもりだったので。あのクオリティーでこれだけ本を出されてたとは。 
 最初に気づいた「ほの暗い永久(とわ)から出でて」に触れます。


※私は2017年出版の単行本で読みました。

 最近、YouTubeで岡田斗司夫ゼミを見るようになりました。アニメや読書など興味深い内容が多く、この方の解説でいろんなことに興味が増えました。例えば、「進撃の巨人」のアニメは残酷な場面が苦手で見なかったのですが、岡田氏によると原作は繊細な心理描写が秀逸で、アニメも出来がいいと。見るようになり、その甲斐があるアニメでした。

 視点の転換…そんな刺激を与えられると、ちょっとショックでも自分の物の見方が変わるのが好きです。視野が広がります。この本もそんな内容です。

 この本は、児童文学作家でもある上橋菜穂子さんと津田篤太郎さん(医学博士・聖路加国際病院リウマチ膠原病副医長)の往復書簡形式で構成されてます。
 
 テーマは表題の通り、生と死を巡る対話です。
 上橋さんはお母さまの肺がん判明がきっかけで津田先生と出会いました。お母さまの最晩年を見守らなければならなかった、つらい二年間。
 引用…「その二年の間、私には思いもつかない角度から球を投げて下さる津田先生と行ってきた思考のキャッチボールは『痛み』を『思考する価値のある意味』へと変化させる力をもつ強烈な体験でした」

 上橋さんの真摯な文章、津田先生のあたたかみのありながらも明晰な返信。読了後、簡単に整理できませんが、何か新しい体験をした気持になりました。

 初めの「蓑虫と夕暮れの風」の書簡は…上橋さんが読んだ蓑虫の生態についてふれて思いを広げる内容です。蓑虫の成虫になるのは雄だけ、しかも飛び立つときには口がない。栄養補給できない。だからタイムリミットありで雌をさがす。さらに上橋さんが「茫然としてしまった」雌の生態。雌は手足が退化し、卵を大量にかかえ…。機械的、あまりにもシステマティックで、同じ世界に生きる自分の心との乖離に思いをはせます。
 自分たちは、何のためにいきるのかと答えが無いと分かっているのに問う脳をもったのかと。
 私も茫然としましたが、そのミノガの生存戦略のすさまじさにある種の生命力を感じました。蓑虫がどう感じているかなど単純なものさしで測る気は起きません。

 津田先生は生殖について。殖えるだけが目的なら細胞分裂だけでいい。しかし、細菌はシャーレの中で殖えても栄養不足に陥り死滅する。爆発的に殖えたものはあっという間に衰えてしまう…絶滅すると。それを昆虫は生殖によってモデルチェンジを繰り返し、その際には大量の個体の死もあると。多様性に富むのは人間と昆虫の共通項であると。ただ、昨今、人間は多様性を忌むような傾向が強まっているように見え、近世は「口減らし」が、さらに戦争という若い人の命から奪うことをする。そんな人間に茫然とするのはミノガの方ではないかと。思わぬ視点へひろがります。ミノガの生態を抱擁する、この柔軟さ。

他の書簡では
 上橋さんはがんの食餌療法を実践したある人に触れ、それを「非科学的」と全否定する人に自分ならどう対応するかと考えます。理解できないものは信じるとするならば、自分の行為は多分、正反対だと思いをめぐらし、
「目で見ることも、確かめるすべも、まだ知らず、これまで学んできたスケールでも捉えることもできぬもののみが見せてくれる、未知の何かに、おずおずふるえながらも、目を凝らしてみたいのです。」

 それに対して津田先生は「阿闍世コンプレックス」(意味は本書で説明されてます)に話を広げられ
切口を替えると見方が変わる例を挙げてます。

 他にも上橋さんはAIやVRの恋人について代替できないこととは、実在の人間の価値とは?津田先生はAI将棋に話を広げ、AIで模倣できない人の例をあげます。

 何度も読み返したくなる本です。


興味深い紹介(メモ代わりに記します。)
九州大学三枝豊平先生「雄と雌・この不思議な非対称性」
池谷裕二著『単純な脳、複雑な「私」』 (ひらめきと直感は違うそうです)
長谷川英祐著「面白くて眠れなくなる生物学」(ザリガニにも欝があるそうです)

津田先生がAIでは真似できない人の例として挙げられた二人
画家、熊谷守一
ハンガリーの指揮者、フェレンツ・フリッチャイ



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