私は立場でモノを言うのが苦手です。それは、自分の意思と離れるからです。

 子供は鋭いです。立場でものを言うとそれを見抜きます。

 あるとき、中学生の教え子に勉強の有用性を問われました。家庭教師の立場なら、「勉強は役に立つからしなさい」と誘導すべきなのですが…。「読み書き、算数」は生きるために必要ですが、例えば因数分解等が実生活で役に立つのか…正直分かりません。受験のために間違いなく必要ですが、そんなその場しのぎの答えを子供は求めてません。高校数学の知識で、実際に役に立ったと言う人の意見をネットで探し印刷して、子供に渡しました。子供はそれを読んでその意見の欠点をついてきました。実は私も同じことを感じてたので正直に答えました。明快な答えは出ませんでしたが、今思うと立場でモノを言わなくて良かったと思います。教え子と一緒に考えることが、子供が私に求めていたものだったのかも。
 


 10日ほど入院することになり、図書館でこの本を借りました。書名は固いですが、難しい内容を非常に平易に書いてあり、理解しやすいように途中で何度もそこまでの論旨を整理してある非常に親切な本です。

 日本の満洲での失敗とは何か、この本は歴史をわかりやすく解説しながら、その失敗の構造が現在にも修正されることなく脈々と続いていると解き明かしてくれます。


 歴史を学ぶということはこういうことなんだと思いました。歴史は過去ではない。


 年表を覚えることが無益とは言いませんが、その起きたことの流れから「何か」を読み取る力をつけることこそ歴史を学ぶことではないかと思います。
 
 日本は何か不祥事が起きても、誰も責任を取りません。この無責任体制が不思議であり、それに対抗する手段もなく、日本はそんな国なんだと自嘲してそれ以上考えるのを私は放棄してました。

 そこに安富さんは「立場主義」を見ます。

 例えばこの本ではスタップ細胞を取り上げてました。会社側は疑惑の中心の女性を解雇しませんでした。彼女は依願退職しました。彼女が自ら辞めざる負えないように追い込んだのでしょう。

 なぜ彼女を解雇しなかったのか?

 それは解雇したら、彼女を推薦し、認めた人たちも責任の追及しなければならなくなるからだと安冨さんは分析してます。つまりそれらの人たちの「立場」を守るためだと。彼女ひとりをスケープゴートにしたわけです。

 これは、いろんなところで起きています。何か事故が起きると誰かをスケープゴートを仕立て上げ、責任追及がうやむやになる…。
 しかも、この「立場主義」には悪者はいません。

 でも立場を守るために原理原則を逸脱して、弱い立場の人を犠牲にします。

 立場を守るのが最優先事項だから…立場を守った人はどんなに悲惨な結果が出ても立場が守られます。

 戦争で自分のしたことの悲惨な結果を自覚したのか自殺した人も中にはいますが、多くの人は立場がまもられ裕福に生活しました。満洲国を通してその暴走の構造を分析し、それが現在の日本にもあてはまると安冨さんは言います。

 その構造が見える、得体が分かることは大きいです。対象が見えれば対応できます。どんなに時間がかかろうとも…。

 友人がインパール作戦に興味をもちいろいろ調べていると聞いたのですが、そのインパール作戦も立場をまもる暴走の一環であるとこの本は分析してます。

 第二次世界大戦の日本の戦死者の六割が餓死でした。食べ物の補給路も確保せず戦地に多くの兵士を送り込む…子供でもおかしいと分かる戦略を大の大人が何故、決行したのか?…この背景にも立場主義が見えます。理屈がおかしくなると、精神論が跋扈しました。おかしいと反対すれば「非国民」と黙らせたのでしょうか。

 特攻隊から何度も生還した方のドキュメンタリーをバラエティ番組で見ました。飛行機で敵艦に突っ込むのは揚力が邪魔をし、爆弾を落とすよりも命中率が落ちるそうです。その上、貴重な飛行機を失うと。かなりおかしな作戦です。当事者のリーダーが指摘し、訴えましたが、無視されました。その方は戦死し、その意思を継いで、生還を繰り返した方がいたと。やっと爆撃に成功し、生還したこの方は、特攻隊として撃破し、死んだと報道されました。ここにも立場主義が見えます。

 だれかの立場を守る捏造報道がなされました。

 2020年の東京オリンピックをインパール作戦と本間龍氏は発言します。

 新国立競技場の冷房設備の予算を削り、脆弱だとの2015年の記事があります。
 熱中症対策も脆弱です。競歩のコースが危険だとか、馬術では馬が持たないとか競技者が声を上げてます。危険なのは競技者だけでなく、観戦者も入場時にセキュリティチェックで炎天下で少なくとも20分は待たされるそうです。担当者の中には自己責任という声も出て…。それに対応する医者を無料ボランティアで募集…。私はオリンピック中は東京へ行きたくありません。

 そんな中、小学生を観戦動員要請がありました。競技場最寄りの駅は混むので一駅手前で下車して歩くようにと学校へ要請があったとのこと。子供を集団で炎天下を歩かせ…さらに入場もすぐにできるわけではありません。親から不安の声があがってます。2019年8月、オリンピック実施前年同時期、東京だけでも八日間に54人が熱中症で死亡してます。そこに小学生の団体が観戦にくる…考えなくてもおかしい。
 
 明らかにおかしな施策が行われています。おかしいと指摘するのはネット情報ばかりで、感情誘導装置のテレビは私の知る限りではほとんど報道してません。むしろ、雪をふらせるとか、焼け石に水のような対策を報道。

 テレビも立場主義の補強中でしょうか。

 立場主義に無責任体制が見えます。

 だれも悪者がいない、でもだれかの立場を守るためにどんどんトンチンカンな方向へ転がっていき、弱い立場の人へ、多くの犠牲者を出す。そして中心者はその立場をまもるために行われたので無傷…。実に嫌なパターンです。

 私は我慢することを美徳と育てられました。「我慢すること」は人と揉めず、平和です。楽です。「我慢しないこと」は話し合いが必要になり揉めます。

 でも、明らかにおかしいことを「我慢する」のは立場主義を野放し、弱い人たちをつぶします。

※東京オリンピックがコロナで延期になりました。でもIOCは中止を示唆してると英語での報道がありました。当然?日本では報道されません。




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