退廃「芸術」展を御存知ですか?

以前…
友人と鎌倉の近代美術館に寄りました。
たまたま「芸術の危機ヒトラーの退廃美術」開催中でした。
何の知識もなく閲覧したのですが、
それは、ヒトラーが退廃と決めつけ貶めた芸術作品を集めたものです。
見たことのない作品が多かったのですが、
作者は誰でも知っている、そうそうたるアーティストばかりでした。

それから、20年ぶりにこの言葉に出会いました。

それが、児童文学、カニグズバーグの小説です。

私はカニグズバーグが好きです。
カニグズバーグは小5の国語教科書にものりました。
「流星の夜」…読んだ方も多いのではないでしょうか。
おばあちゃんと少年(孫)のやりとりが辛辣でおもしろかった記憶があります。

ムーンレディの記憶
E.L. カニグズバーグ
岩波書店
2008-10-17



さて、ここでとりあげるのは「ムーンレディの記憶」です。
孤独なふたりの少年が出会い、
そこに、謎のおばあちゃんゼンダーさんが加わり…

この作家さんののよくあるパターン。

ところが…

読み進めていくと…

少年の一人の名付け親、ピーターが登場。
そのピーターはアートセンターの館長で
退廃「芸術」展を開催する…えっ!

結構、重い内容ですね。ところが、この人の手にかかると読みやすい。

退廃芸術とは…

本書によれば
1937年の夏、ヒトラーは宣伝大臣ゲッペルスに第三帝国、つまりヒトラーが認めない近代美術品のすべてを押収する(強奪する)権限を与え、1万6千点以上の作品を押収した。ミュンヘンの古い倉庫で退廃「芸術」展と題して展示し貶めた。それはドイツ人に近代美術がいかに有害かを教えることを目的としていた。ナチス高官が隠匿したり、消防訓練として、消防署の庭で焼かれた作品もあります。

戦後…これは物語の伏線にあたります。

ピーターはかつてサンフランシスコで退廃芸術と呼ばれるコレクションを見に行って興味をもちます。

以下「  」内は、本書からの引用です。

「退廃『芸術』展の最初のスポンサーは、」以下のような「疑問を問い続けたいと考え」ます。

「政府が芸術作品を強奪する権利があるのか?
国民に好き嫌いを押しつける権利があるのか?
なぜこのようなことが起こっただろう?
また起こる可能性はあるのだろうか?
好みは政府が決めることなのか?」

そこに大都市の美術館を「気軽におとずれることができない人」にも鑑賞してもらえるようなシステムをとりました。

ピーターもそのシステムに申し込み、彼のアートセンターで退廃芸術展が実現します。
 

「退廃とは degenerate  本来は『劣化・変質』という意味の医学用語です。神経の不調により『正常』でない状態を指すのに用います。」

ナチスの理論は
「ナチスは<退廃>とは正常からかけ離れたものー堕落したものーと定義づけ、そうしたものは同じ人間と認められない、としました。」

「ナチスは勇んで退廃者リストを作り、」
「身体障害者、精神障害者、ユダヤ人、同性愛者、ジプシー、エホバの証人、共産党員などはすべて生まれながらに退廃している」

   ユダヤ人の虐殺は映画化も繰り返され、よく知られています。しかし、他の対象者についてはほとんど知りません。
  
 私の場合
 身体障害者、精神障害者については… 
 ドキュメンタリーがNHKで放映されました。戦後70年を経た頃のもので、ごく最近ですね。
 驚いたのはユダヤ人虐殺の装置、ガス室は 元は身体障害者、精神障害者のために医者が開発したことでした。当時、地方の病院に、多くの患者が次々と送り込まれてくる、ところが、退院していく人がいない。地元の人も不可解さは感じていたと。…行方不明になった、おば(障害者)の消息を探す女性も描かれていました。てんかん等 当時治る見込みのない病の人も対象になったと。家族も疑いをもちながらも恐れて触れずにきた…。

 ジプシーについては…
 ジプシーに加わった少年の手記「ジプシー」(早川文庫、1977年版)で知っていました。でもそれ以来は無し。本書でやっと再確認しました。そして、他の排除の対象者については全く知りませんでした。

話を広げすぎました。

本書に戻ります。

「退廃した者たちが作り出すものはすべて退廃している」

近代美術について「政府がこれらを野放しにしておけば」「すべてのドイツ文化は退廃するだろう」「深刻な脅威となる」よって「排除されなければならない」とナチスは実行したわけです。

要は自分と異質なものを排除するということ。
ナチスが特別ではなく、人間にはどうもこういう術中にはまってしまう習性があるように思えます。


ピーターはアート・センターの退廃芸術展の開催にあたり、パンフレットをつくります。
そこに
「ナチスが没収と<退廃>という言葉を悪用することによって反近代芸術運動を始めた」と記します。さらに退廃とみなされた芸術家の名を挙げその理由を解説します。

この辺りの記述もわかりやすいです。

ちなみに本書であげられた芸術家は

アンリ・マティス、
ピエール・オーギュスト・ルノワール、
パプロ・ピカソ、
フィンセント・ファン・ゴッホ、
マルク・シャガール、
ジョルジュ・ブラック

近代美術史に欠くことのできない人ばかりです。

さて、
そこに、ぶっとんでいるおばあちゃん、ゼンダーさんの過去がリンクしてきます。

歴史の大きな流れ、過去と現在に行き来し……

ミステリみたいなテイストもあります。

少年たちとゼンダーさんとの会話も楽しいです。


児童文学を侮ることなかれ…こういう形で歴史を読めるのはいいですね。

カニグズバーグの作品はほとんど読んだつもりだったのですが…
読んでない作品がまだあるかもしれない…と思った次第です。

これはカニグズバーグが80歳に手が届く頃の執筆だったそうです。
エネルギッシュ!







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