教え子とのある日の出来事

数学の教科書の解き方を拒否されて
勉強自体いやなのかなとちょっと心配したのだが、
じゃあ私が解くのを見ててと計算し始めたら、
自分のやり方で解きたいと計算を始めた。

確かに、教科書の解き方は簡単に答えをだせる。
でも、自分で考えるのはとてもいいことだ。

自ら考えようとしてくれるのは嬉しい。


また、そこには
規定のものに盲従したくない自我も見えた。
長いものに巻かれたくない…いいなあ…そういうの好きだ。

そのうえで、やはり規定の方法がいいと実感して
納得したらその方が身に付くだろう。
自分で判断することが大切。

結局
いろんなアプローチを試みて、自分なりのやり方を貫いた。
これは新しい方法だと自慢。

そーかなぁ、さすがに進化じゃなくて退化だと言ったが
こういうことをする子は好きなんだよねと。
自分で考えるのはいいことだと伝えた。

そこで、
こんな内容をツイッターで見たとメモを見せた。
(実は大分前に教え子に見せたくてメモしたもの)
  割り算を習う前の子が、
    40÷8は?
      子ども 5+5=10
           4+4=8  答え5

どういうつながりなのかな、割り算を知らないですごいねと。
自分なりに考えた答えは価値があるよねと。

答え合わせは
こういう解き方もあるよと教科書の方法もノートの余白に書き入れ説明しつつマル付けをした。
もし、使いたくなったら参考になるようにと、とりあえずのエクスキューズ。
教え子がそれを使うかどうかは自由だ。
もちろん、教え子の出した答えもプロセスは違うが…多分学校じゃ通用しない…答えは正解だから〇。


宿題は同様の設問を
解き方は好きにしていいよと出した。

自分で工夫したいという気持ちは大切だ。
簡単に大人に従うことは無い。
黙って従うことの方がラクだけど
あえて難しいことを選んだのだから尊重したい。

教え子は楽しそうだった。






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