今はつらくても頑張って、そこに行ったらラクになる。
そういう教育をずっと受けてきました。
でも到達しても何もなく、また次への頑張りが待っています。
常に「今」がありません。

             到達点でのハッピーエンドは幻想です。

帝政時代のロシアの哲学者チェルヌイシェフスキーは革命をして誰にとっても素晴らしい世界を目指そうと、「何をなすべきか」を著しました。そのユートピアを彼は『水晶の都』と呼びました。その本は当時の若者に大変な影響を与え、ロシア革命の原動力になりました。

ところがロシアの文豪ドストエフスキーはその『水晶の都』を著書「地下生活者の手記」で全否定しました。そんな世界は存在しないと人間は到達しても満足しない存在だと。

その後、ロシア革命があり、ソビエト連邦が成立しました。二代目の書記長が独裁恐怖政治を行ったことからすぐにおかしくなりました。腐敗や失政が続き、最後の書記長となったゴルバチョフは他の国に助けを求め自ら権力の座を降りました。やがて、ソビエト連邦は崩壊しました。『水晶の都』の夢はとうにやぶれていました。

こんなことに思いをはせたのは
田原牧著の「ジャスミンの残り香」を読んだからです。
この本は中東の一連の革命、アラブの春のその後のルポルタージュです。

エジプトでは30年以上続いたムバラク独裁政権が崩壊しました。
日本にも大きく報道されました。

しかし、その後生活はよくなりません。

むしろムバラク政権時代の方がよかったようです。

でも取材された人々はそのような事実を認めながらも
生まれる前からずっとあって不変だったムバラク政権、
反発さえ表明できなかった政権、
それを自分たちは覆した。
そのことがとても大きかったと。

結果はどうであれ、変えることができたという実感。
自分たちは世の中を変えられるんだと。
それが誇りになっています。


田原牧氏はロシア革命なども含めてあらゆる革命は、
旧権力にとって替わった政権も
結局、腐敗し成功した革命は一つもないと断じます。

独裁政権として有名だったリビアのカダフィ大佐も始めは改革に燃えていたそうです。
福祉を充実させるなどしたが、国民はそれに甘え働かなくなったと大佐の側近が同情的に述べた話が紹介されています。

では革命は無駄なのか。
そうではない。
こう田原氏は言います。
世の中のおかしなことがあればその度に覆せばいいと。

エジプトもやはり『水晶の都』はありませんでした。
しかし、それよりも世の中を変えられると思える希望こそ大事だと。
エジプトの人々はそんなことを教えてくれます。
プロセスです。あきらめないことです。

幸福は目標に向かっているプロセスの渦中にあるのではないでしょうか。

ところで、
日本も『アジサイ革命』がありました。
福島原発事故後、国会の前で継続的に行われた原発反対デモのことを指すそうです。
しかし、田原牧氏はこのデモは原発に潜む差別の問題を直視するまで行かなかったと。
私もそこを読み非常に傷みを感じました。そこまで考えなくていけなかったと。
これは軽々に引用する気にはなれません。
興味があればぜひ読んで下さい。
この本はそのことの本質も的確に述べています。

 

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